・熱帯医学・寄生虫学
医動物学特別講義と住血吸虫。適当に聞き流しながら、終始寄生虫の教科書を読んで過ごしていました。それなりに分かりやすい。実習は日本住血吸虫とマンソン住血吸虫をスケッチ。セルカリア、こんなものが皮膚を突き破って体内に入って来るとは恐ろしいww 寄生虫の講義は今日でおしまい。
旧友に誘われて夜は新百合ヶ丘へ向かい、久々の再会。いや実に面白かった。当時の話題は尽きない。皆から「変わった」と言われたけれども、それはおそらくこの8年の間にいくぶんか「修飾」を受けてきたからに過ぎない。基本的な性質自体は変わっていないはず。振り返ってみれば、中学入学まではだいぶ異常な感じで大騒ぎしていたが(たぶん相当な人数に迷惑をかけたと思うww)、中2あたりで少し大人しくなり、大学に入って若干の社会性が身に着き、今現在はだんだんと原点的な姿勢を重視しながら行動しつつある。
写真:釧網本線車窓
清里町で上り「しれとこ」と交換。
492文字
医動物学特別講義と住血吸虫。適当に聞き流しながら、終始寄生虫の教科書を読んで過ごしていました。それなりに分かりやすい。実習は日本住血吸虫とマンソン住血吸虫をスケッチ。セルカリア、こんなものが皮膚を突き破って体内に入って来るとは恐ろしいww 寄生虫の講義は今日でおしまい。
旧友に誘われて夜は新百合ヶ丘へ向かい、久々の再会。いや実に面白かった。当時の話題は尽きない。皆から「変わった」と言われたけれども、それはおそらくこの8年の間にいくぶんか「修飾」を受けてきたからに過ぎない。基本的な性質自体は変わっていないはず。振り返ってみれば、中学入学まではだいぶ異常な感じで大騒ぎしていたが(たぶん相当な人数に迷惑をかけたと思うww)、中2あたりで少し大人しくなり、大学に入って若干の社会性が身に着き、今現在はだんだんと原点的な姿勢を重視しながら行動しつつある。
写真:釧網本線車窓
清里町で上り「しれとこ」と交換。
492文字
6月といえば「ぐうたらの日」を思い出す。最近はほとんど読むことがなくなったがところどころに強烈な印象が残っているのが面白い。
・薬理学
循環器作用薬とPETによる分子イメージング。PETはともかく、前半は色々と分かりにくい。何より範囲が膨大。
夜は新宿にて研修会。
写真:釧網本線車窓
摩周に到着。そういえば中3のときはここで降りて摩周湖へ向かったものの、濃霧で何も見えないまま帰って来たのでした。
280文字
・薬理学
循環器作用薬とPETによる分子イメージング。PETはともかく、前半は色々と分かりにくい。何より範囲が膨大。
夜は新宿にて研修会。
写真:釧網本線車窓
摩周に到着。そういえば中3のときはここで降りて摩周湖へ向かったものの、濃霧で何も見えないまま帰って来たのでした。
280文字
今日は臨時で2コマ。デュプロを書いていてもたまに思うことがあるが、「構成」を行うのはそれなりに楽しい。いやむしろ「compose」という英語の方がしっくり来るか。知識に溺れるのではなく、知識を構成しなくてはいけない。まあ、知識があるという前提での話だけれども。ただ、構成するのは必ずしも知識だけではなくて、思考だとか感情だとか、精神作用全般に関わってくると思われる。
写真:釧網本線車窓
南弟子屈駅を発車したところです。
251文字
写真:釧網本線車窓
南弟子屈駅を発車したところです。
251文字
6月最後の週末を迎える。午後に代々木を往復してきたら一日が終了。学期末が近くなると、意識の痕跡が集まって、あるいは互いに漠然と連結して、次第に旅程という軌跡になって地図上に浮上してくる。
写真:釧網本線普通列車車内
運転席後ろより。
157文字
写真:釧網本線普通列車車内
運転席後ろより。
157文字
今夏は、南紀を考えてみよう。
・熱帯医学・寄生虫学
今日は肝吸虫や肝蛭について。ここのところ成虫が肉眼で見えるものが多く、いかにも寄生虫らしい。こういうのが体内でうごめいていると思うとぞっとするww 原虫は虫というよりも単細胞生物だった。
「書く論理」と「話す論理」の均衡ならびに協同と拮抗は最大の効果をもたらす。言うなれば前者は抽象と推論を、後者は具体と直観を操る能力である。どうも自分は「書く論理」を偏重する傾向にあって「話す論理」が弱い。推論を介することなく精神が直接に具体的なものごとをつかむ作用、そういう力が足りない。弓にしても、これは結構関わっているように思う。
夜は荒木町へ。今晩は2軒回ってきました。新たなる開拓。
写真:釧網本線車窓@細岡
よくぞ細い脚で体を支える。
426文字
・熱帯医学・寄生虫学
今日は肝吸虫や肝蛭について。ここのところ成虫が肉眼で見えるものが多く、いかにも寄生虫らしい。こういうのが体内でうごめいていると思うとぞっとするww 原虫は虫というよりも単細胞生物だった。
「書く論理」と「話す論理」の均衡ならびに協同と拮抗は最大の効果をもたらす。言うなれば前者は抽象と推論を、後者は具体と直観を操る能力である。どうも自分は「書く論理」を偏重する傾向にあって「話す論理」が弱い。推論を介することなく精神が直接に具体的なものごとをつかむ作用、そういう力が足りない。弓にしても、これは結構関わっているように思う。
夜は荒木町へ。今晩は2軒回ってきました。新たなる開拓。
写真:釧網本線車窓@細岡
よくぞ細い脚で体を支える。
426文字
・自主選択
「文献検索演習」の最終回。「免疫」の抽選に漏れてここに来てしまったが、普通に分かりやすかったし、何より実用的でこれから役に立ちそう。今日は臨床リソース課題の発表で、小規模なプレゼンを行う。
木曜は午前中で終わるので、何とも緩やかな時間が流れる。
午後は道場へ。例の「離れで弓矢を落とす病」が昨日再発し、今日も巻藁で2回ほど発症。今まで無意識的に行ってきた離れについて、一体どうやって離れたら良いのか全く分からなくなる。不思議なのは矢が飛ばないということで、よくある弓落としとは根本的に原因が異なる。まだ確定というわけではないが、「遠位部に力が入り過ぎる」「筋肉の運動ばかりに意識が行きすぎて異常に力む」「離れの瞬間に突如として意識の空白が現れる」あたりが関わっているように思う。弓は骨で弯くものであって、正しい位置へと関節をはめていく作業に等しい。正確な関節構造を作ることを第一に考えるべきで、あくまで筋肉はその補助として働く。そういうことを考えるようにしたら、射型や的中はともかく少なくとも弓矢を落とすことはなくなったが、どうしてこういうことが起こるのだろう。
あとは、部活全般に関して主将との対談。彼の技術はその片鱗も受け継ぐことができなかったが、せめて思惟や論理は正しい形で継承し、有意義に反映させていきたいと思う。
夜は代々木。
写真:釧網本線車窓
最後尾より。雪晴れの朝。
684文字
「文献検索演習」の最終回。「免疫」の抽選に漏れてここに来てしまったが、普通に分かりやすかったし、何より実用的でこれから役に立ちそう。今日は臨床リソース課題の発表で、小規模なプレゼンを行う。
木曜は午前中で終わるので、何とも緩やかな時間が流れる。
午後は道場へ。例の「離れで弓矢を落とす病」が昨日再発し、今日も巻藁で2回ほど発症。今まで無意識的に行ってきた離れについて、一体どうやって離れたら良いのか全く分からなくなる。不思議なのは矢が飛ばないということで、よくある弓落としとは根本的に原因が異なる。まだ確定というわけではないが、「遠位部に力が入り過ぎる」「筋肉の運動ばかりに意識が行きすぎて異常に力む」「離れの瞬間に突如として意識の空白が現れる」あたりが関わっているように思う。弓は骨で弯くものであって、正しい位置へと関節をはめていく作業に等しい。正確な関節構造を作ることを第一に考えるべきで、あくまで筋肉はその補助として働く。そういうことを考えるようにしたら、射型や的中はともかく少なくとも弓矢を落とすことはなくなったが、どうしてこういうことが起こるのだろう。
あとは、部活全般に関して主将との対談。彼の技術はその片鱗も受け継ぐことができなかったが、せめて思惟や論理は正しい形で継承し、有意義に反映させていきたいと思う。
夜は代々木。
写真:釧網本線車窓
最後尾より。雪晴れの朝。
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・英語
「ウザい」って添削に書くか、普通ww
・薬理学
教授の友人が登場し、特別講義的な内容。要約すると「医師のみならずさまざまな可能性がある」といったところか。
彼のように電子カルテに目をつけてベンチャー企業を立ち上げる、とかはさすがに頭になかったが、まあそういうのは出来る人がやってくれれば構わないと思っている。少し大げさな言葉だが人間には個人を個人たらしめる使命なり天命があって、それをどの程度全うできたかが最終的な幸福の尺度となると考えている。したがって、その使命・天命を探すために色々なことに関心をもち思考を巡らせるのは極めて大切といえようが、関心をもち思考を巡らせること自体を崇高な意識か何かだと勘違いしている人が多い。目の前にあるものを黙々とこなし、知識を吸収し、見識を広め、一プロフェッショナルとして自身を確立することから始まる。「これは自分のやることじゃない」とか言う奴に限ってしょうもないことしか出来ていない。
写真:釧網本線快速しれとこ@釧路
これから網走に向かいます。
561文字
「ウザい」って添削に書くか、普通ww
・薬理学
教授の友人が登場し、特別講義的な内容。要約すると「医師のみならずさまざまな可能性がある」といったところか。
彼のように電子カルテに目をつけてベンチャー企業を立ち上げる、とかはさすがに頭になかったが、まあそういうのは出来る人がやってくれれば構わないと思っている。少し大げさな言葉だが人間には個人を個人たらしめる使命なり天命があって、それをどの程度全うできたかが最終的な幸福の尺度となると考えている。したがって、その使命・天命を探すために色々なことに関心をもち思考を巡らせるのは極めて大切といえようが、関心をもち思考を巡らせること自体を崇高な意識か何かだと勘違いしている人が多い。目の前にあるものを黙々とこなし、知識を吸収し、見識を広め、一プロフェッショナルとして自身を確立することから始まる。「これは自分のやることじゃない」とか言う奴に限ってしょうもないことしか出来ていない。
写真:釧網本線快速しれとこ@釧路
これから網走に向かいます。
561文字
・熱帯医学・寄生虫学
午前中の講義はどうやら条虫のことを話していたらしいが、ITCでPCを借りてデュプロの校正作業に明け暮れていたため詳細は全く不明。講義にはとりあえず出席、不毛だと分かればPCにて内職、何だかんだでこういう形が高効率。3限は特別講義だったものの肝心なところで寝てしまいよく分からず。4限は実習。例によって虫の絵を描くだけ。
夕方は道場へ。今日は指導。
写真:朝食
釧路の朝。即席でイクラ丼を作る。
285文字
午前中の講義はどうやら条虫のことを話していたらしいが、ITCでPCを借りてデュプロの校正作業に明け暮れていたため詳細は全く不明。講義にはとりあえず出席、不毛だと分かればPCにて内職、何だかんだでこういう形が高効率。3限は特別講義だったものの肝心なところで寝てしまいよく分からず。4限は実習。例によって虫の絵を描くだけ。
夕方は道場へ。今日は指導。
写真:朝食
釧路の朝。即席でイクラ丼を作る。
285文字
・薬理学演習
班単位で論文課題を発表。それにしても自分のプレゼンはまるでゴミだな。聴衆に語りかけるという姿勢のかけらもなく、ただ機械みたいに内容を話しているような感じで、これでは自動放送と変わらない。いや、たぶん内容もあまりまともに伝わっていないから、自動放送にも及ばないかww ただ、班の最優秀賞を頂けてこれは報われた気分。
「文章を構成する力」にはある程度の自信があるけれども、たぶん「話を構成する力」がかなり弱い。スピーチの場合を除き、話を構成することと発表原稿を作ることとは全く本質を異にする。推敲を重ねて発表原稿を作ったとしても、それはすなわち手間をかけて話を構成したことにはならない。書くことと話すことは基本的に違う。したがって「発表原稿」という語自体が矛盾をはらんでいるから、スピーチを除いては、せいぜい要点のメモ書きに留めてこんなものは作らないようにしてきた。この条件下で、内容を十分理解しているという前提のもと、なぜ程度の低い発表になるかというと、「書く論理」が強すぎるからである。頭の中で書いてから話す、文章を書く気分で話す(書き言葉で話す、という意味ではない、念のため)、といった姿勢では、口から出てくる言葉のほとんどは生気を喪失する。もともと文字という形で発現することを想定された構成というのは、言葉という形では発現しえない。したがって、言葉という形に合わせて構成の作り方を変えねばならない(書き言葉と話し言葉の違いをいっているのではない)。それが「話す論理」というものである。
ちなみに、スピーチでは発表原稿が善し悪しをだいたい決定し、あとは「話す論理」ではなく単に演者の「話術」に依存するのみである。つまり「書く論理」が大部分を占めているように思われるのだ。
夕方は120射。何をやってんだ( ´・ω・`)
夜はROI des ROISというブランデーを買ってきました。これでサイドカーを作ってみたら、意外と荒木町に近くて驚く。今度行ったときに確認してみよう。
写真:釧路朝市
たしか瓶詰めのイクラを買ってきて、バイキングの白飯にかけて食べるという優雅な朝食でした。
984文字
班単位で論文課題を発表。それにしても自分のプレゼンはまるでゴミだな。聴衆に語りかけるという姿勢のかけらもなく、ただ機械みたいに内容を話しているような感じで、これでは自動放送と変わらない。いや、たぶん内容もあまりまともに伝わっていないから、自動放送にも及ばないかww ただ、班の最優秀賞を頂けてこれは報われた気分。
「文章を構成する力」にはある程度の自信があるけれども、たぶん「話を構成する力」がかなり弱い。スピーチの場合を除き、話を構成することと発表原稿を作ることとは全く本質を異にする。推敲を重ねて発表原稿を作ったとしても、それはすなわち手間をかけて話を構成したことにはならない。書くことと話すことは基本的に違う。したがって「発表原稿」という語自体が矛盾をはらんでいるから、スピーチを除いては、せいぜい要点のメモ書きに留めてこんなものは作らないようにしてきた。この条件下で、内容を十分理解しているという前提のもと、なぜ程度の低い発表になるかというと、「書く論理」が強すぎるからである。頭の中で書いてから話す、文章を書く気分で話す(書き言葉で話す、という意味ではない、念のため)、といった姿勢では、口から出てくる言葉のほとんどは生気を喪失する。もともと文字という形で発現することを想定された構成というのは、言葉という形では発現しえない。したがって、言葉という形に合わせて構成の作り方を変えねばならない(書き言葉と話し言葉の違いをいっているのではない)。それが「話す論理」というものである。
ちなみに、スピーチでは発表原稿が善し悪しをだいたい決定し、あとは「話す論理」ではなく単に演者の「話術」に依存するのみである。つまり「書く論理」が大部分を占めているように思われるのだ。
夕方は120射。何をやってんだ( ´・ω・`)
夜はROI des ROISというブランデーを買ってきました。これでサイドカーを作ってみたら、意外と荒木町に近くて驚く。今度行ったときに確認してみよう。
写真:釧路朝市
たしか瓶詰めのイクラを買ってきて、バイキングの白飯にかけて食べるという優雅な朝食でした。
984文字
まず、金曜締切だったデュプロを書き上げる。講義内容自体は2ページちょっとだったが、過去問やら解答やらを収載すると10ページに膨れ上がってしまった。次いで、明日の薬理演習のスライドを統合し、自分の担当分も作成。意外と上手いことまとまって良かった。夜は自主選択の臨床リソース課題を処理。これもスライドを作成。久々にまともに仕事をした気がする。常にこうあるべきだ。
写真:根室本線普通列車車内
この後、運転士にカーテンを閉められたのを今でもよく覚えているww
267文字
写真:根室本線普通列車車内
この後、運転士にカーテンを閉められたのを今でもよく覚えているww
267文字
午前中に信濃町へ行く予定が、11時頃まで眠りこける。13時に道場に赴き、矢を購入。今年はオーソドックスな感じにしてみる。シャフトはこれまで通りの黒、羽は元白、糸巻は濃紺色、縁取りは白色。筈巻は黒色、甲乙の印は銀色。何処かしらに青の要素は盛り込んでおく。やはり濃紺と黒は良い。紫も異様な感じはするが嫌いではない。明色は一条の光の如く、暗色を際立たせるためのアクセントとしてなら良い。
午後は代々木。夕方は信濃町に戻ってくる。
写真:根室本線普通列車@厚岸
釧路への帰り道。ふたたび交換のため長停。
291文字
午後は代々木。夕方は信濃町に戻ってくる。
写真:根室本線普通列車@厚岸
釧路への帰り道。ふたたび交換のため長停。
291文字
・熱帯医学・寄生虫学
講義の質はひとえに講師に依存する。今日の講義は今までで一番分かりやすかったかもしれない。適当に流し聞きしていてもそこそこ頭に入ってくるというのがまたすごい。内容はもとより、発話技術による部分も大きいのだろう。それはそうと、こういう授業を受けたら魚介類を生で食べることにずいぶんと抵抗を覚えてしまうのは自分だけか。
夕方は薬理演習の打合せ。予想以上に議論が白熱して、実に有意義な時間。
そういえば『ブルータスの心臓』が映像化されていたので観てみた。2月の東海北陸旅行のとき、乗車中の暇つぶしとして読んでいた本なのでそれなりに記憶も新しい。まあ一部省略や脚色があったりするのは仕方ないのかww
写真:根室本線普通列車@根室
回転寿司を食し、釧路へ戻る。
416文字
講義の質はひとえに講師に依存する。今日の講義は今までで一番分かりやすかったかもしれない。適当に流し聞きしていてもそこそこ頭に入ってくるというのがまたすごい。内容はもとより、発話技術による部分も大きいのだろう。それはそうと、こういう授業を受けたら魚介類を生で食べることにずいぶんと抵抗を覚えてしまうのは自分だけか。
夕方は薬理演習の打合せ。予想以上に議論が白熱して、実に有意義な時間。
そういえば『ブルータスの心臓』が映像化されていたので観てみた。2月の東海北陸旅行のとき、乗車中の暇つぶしとして読んでいた本なのでそれなりに記憶も新しい。まあ一部省略や脚色があったりするのは仕方ないのかww
写真:根室本線普通列車@根室
回転寿司を食し、釧路へ戻る。
416文字
駅に行ってみると、たまプラーザで人身事故が起こったとのことで全列車各停になっていた( ´・ω・`) 結局渋谷まで55分を要する。
・自主選択
意外と木曜の1限はつらいものがあり、しばしば意識が飛ぶ。しかも遅刻ということで気分も萎える。来週はグループにて発表。
午後は道場へ。見える、見える。なかなか見えなかった虚像の弓がだんだん見えてきた。今までにないまったく新しい感覚をここに得る。両眼を見開いて行う引分けは何ともすがすがしく、まるで青空が晴々と広がっていくような気分である。ちなみに虚像を見出せず狙いがつかなくてもどうやら3割程度は中るらしいということは昨日一昨日の実験で分かったものの、さすがに深部感覚だけで狙いをつけるのは相当に無理な話なので、そこはどうしても視覚に頼らざるを得ない。
夜は代々木へ。夕べの睡眠時間を考えるとハードな一日。
写真:根室駅前
まだ19時だというのに、町は死んだように静かである。
492文字
・自主選択
意外と木曜の1限はつらいものがあり、しばしば意識が飛ぶ。しかも遅刻ということで気分も萎える。来週はグループにて発表。
午後は道場へ。見える、見える。なかなか見えなかった虚像の弓がだんだん見えてきた。今までにないまったく新しい感覚をここに得る。両眼を見開いて行う引分けは何ともすがすがしく、まるで青空が晴々と広がっていくような気分である。ちなみに虚像を見出せず狙いがつかなくてもどうやら3割程度は中るらしいということは昨日一昨日の実験で分かったものの、さすがに深部感覚だけで狙いをつけるのは相当に無理な話なので、そこはどうしても視覚に頼らざるを得ない。
夜は代々木へ。夕べの睡眠時間を考えるとハードな一日。
写真:根室駅前
まだ19時だというのに、町は死んだように静かである。
492文字
集団での評価に無関心であることと、協調性を欠くこととは本質的に異なる。評価とは結果的についてくるものであり、協調とは評価を追求することではない。もっとも、評価は他人が行うものだけれども。
・英語
あれ、接続副詞の前にコロンを置いても構わないんだっけ。置くならばセミコロンなのでは。相変わらず気楽な雰囲気で良い。
・薬理学
特別講義。まずは小児白血病の話。次いで、患者の死に接する話。「死は医療の敗北」と考える傾向はまだ強いのか。まあ、どれほど深く考えられているか、その点に関しては個人差があまりに大きいように思う。
夕方は道場へ。帰宅後は薬理演習の資料を作成。何だかんだで未明4時半までかかったが、我ながら効率的に仕事が進んだ。
写真:根室本線普通列車@厚岸
蒼白の世界へ。
455文字
・英語
あれ、接続副詞の前にコロンを置いても構わないんだっけ。置くならばセミコロンなのでは。相変わらず気楽な雰囲気で良い。
・薬理学
特別講義。まずは小児白血病の話。次いで、患者の死に接する話。「死は医療の敗北」と考える傾向はまだ強いのか。まあ、どれほど深く考えられているか、その点に関しては個人差があまりに大きいように思う。
夕方は道場へ。帰宅後は薬理演習の資料を作成。何だかんだで未明4時半までかかったが、我ながら効率的に仕事が進んだ。
写真:根室本線普通列車@厚岸
蒼白の世界へ。
455文字
・熱帯医学・寄生虫学
蠕虫全般について。しかしながら何を言っているのかほとんど聞き取れない講義だったので2限はパス。講義の質が先週とは雲泥の差。
といっても昼食にはまだ早すぎるので、どういうわけかすぐ裏手の佐藤美術館というところへ行くww 梅雨時の午前、所在ない時間。
実習はスケッチの量が膨大で色々と疲れる内容。しかし何だかんだで真面目に絵を描いてしまう。所謂「力の抜き方」が分からないでいるつもりはないが、いい加減な仕事をするというのは信条に反する。
夕方は道場へ。
写真:根室本線普通列車@厚岸
ぽつぽつと乗客が乗ってきます。
350文字
蠕虫全般について。しかしながら何を言っているのかほとんど聞き取れない講義だったので2限はパス。講義の質が先週とは雲泥の差。
といっても昼食にはまだ早すぎるので、どういうわけかすぐ裏手の佐藤美術館というところへ行くww 梅雨時の午前、所在ない時間。
実習はスケッチの量が膨大で色々と疲れる内容。しかし何だかんだで真面目に絵を描いてしまう。所謂「力の抜き方」が分からないでいるつもりはないが、いい加減な仕事をするというのは信条に反する。
夕方は道場へ。
写真:根室本線普通列車@厚岸
ぽつぽつと乗客が乗ってきます。
350文字
・薬理学
午前は消化性潰瘍治療薬、午後は腎臓作用薬について。腎臓については尿生成をもう一度見直さねば。やはり解剖と生理はキモか。
午後は道場へ。眼を考えてみることにした、眼を。そういえば、中る人で片目を閉じて弓を弯く人は見たことがない。
やはり、両眼を見開いて体を動かさないと均等に引分けられるはずがない。両眼の視界と片眼の視界に差があるとかそういう問題ではなくて、そもそも顔の一部分、それも眼瞼という極めて微小で繊細な部分を一側だけ動かすという行為自体が、左右の均等性という最重要ポイントを逸脱していると思われるのだ。
両眼を開いて弓を弯くにあたっての最大の難所は狙いで、利き眼が左のため正しい狙いの時に矢摺籐はずいぶんと前に見えることになる。落で弯けば落前のさらに前、大前で弯けば看的小屋の窓を狙っている形になる。実はこのとき、くっきりと見える実像の矢摺籐の左方には虚像の矢摺籐も見えるはずなのだが、左眼が強すぎるためか右眼があまりに怠惰なせいか、ほとんどの場合においてこの虚像を見出すことができない。虚像は右眼で見た弓の姿なので、虚像の矢摺籐で的を割ることができればそれが正しい狙いとなるわけだが、これがなかなか難しい。今までは、左眼を閉じて実像の矢摺籐を消し、無理やり右眼だけの視界にすることで、虚像だった矢摺籐を実像ならしめていたということになる。
まずは、虚像の弓が見えるまで練習を重ねるべきかもしれない。
写真:根室本線普通列車@厚岸
こういう場面ではステンレスの車体も絵になります。
736文字
午前は消化性潰瘍治療薬、午後は腎臓作用薬について。腎臓については尿生成をもう一度見直さねば。やはり解剖と生理はキモか。
午後は道場へ。眼を考えてみることにした、眼を。そういえば、中る人で片目を閉じて弓を弯く人は見たことがない。
やはり、両眼を見開いて体を動かさないと均等に引分けられるはずがない。両眼の視界と片眼の視界に差があるとかそういう問題ではなくて、そもそも顔の一部分、それも眼瞼という極めて微小で繊細な部分を一側だけ動かすという行為自体が、左右の均等性という最重要ポイントを逸脱していると思われるのだ。
両眼を開いて弓を弯くにあたっての最大の難所は狙いで、利き眼が左のため正しい狙いの時に矢摺籐はずいぶんと前に見えることになる。落で弯けば落前のさらに前、大前で弯けば看的小屋の窓を狙っている形になる。実はこのとき、くっきりと見える実像の矢摺籐の左方には虚像の矢摺籐も見えるはずなのだが、左眼が強すぎるためか右眼があまりに怠惰なせいか、ほとんどの場合においてこの虚像を見出すことができない。虚像は右眼で見た弓の姿なので、虚像の矢摺籐で的を割ることができればそれが正しい狙いとなるわけだが、これがなかなか難しい。今までは、左眼を閉じて実像の矢摺籐を消し、無理やり右眼だけの視界にすることで、虚像だった矢摺籐を実像ならしめていたということになる。
まずは、虚像の弓が見えるまで練習を重ねるべきかもしれない。
写真:根室本線普通列車@厚岸
こういう場面ではステンレスの車体も絵になります。
736文字
起きたら13時。ようやく穏やかな日曜日が到来。ゆるゆるとHPの作成作業をやっていたらいつの間にか夜になる。そういえば金曜のデュプロを書かねばならないし、20日の薬理演習の論文も読まねば。
写真:根室本線普通列車@厚岸
対向列車と交換のためしばし停車。
166文字
写真:根室本線普通列車@厚岸
対向列車と交換のためしばし停車。
166文字
弓道部のHP係を引き継ぐことになったので副将宅に伺う。HTMLタグ、実に懐かしい。今となってはこの適当な日記の方がメインになりすっかり休止してしまったものの、毎週HPの更新に励んでいた日々があったことを思い出すww というわけで、少しずつ充実させていきたい次第です。折角まともなカメラもあることなので、鉄道ばかりでなく人間や表情も写していきたいところ。恐縮ながらずいぶん長居してしまう。
夕方は代々木にて勉強会に参加。背景を異にする人が集まって議論をするというだけで有意義な時間。まあ、微力でも携わっていければ嬉しいが。
写真:根室本線普通列車@厚岸
巻き上げた雪煙に覆われる。
333文字
夕方は代々木にて勉強会に参加。背景を異にする人が集まって議論をするというだけで有意義な時間。まあ、微力でも携わっていければ嬉しいが。
写真:根室本線普通列車@厚岸
巻き上げた雪煙に覆われる。
333文字
・薬理学
いい加減に飽きてきたが、そうも言ってられない。午前中はデュプラー。抗腫瘍薬と分子標的薬について。結局まとめの表を作って暗記するだけの内容。午後は降圧剤について。しかしながら前半は生理Ⅱじみた内容や高血圧の病態などが延々と解説されるのみで薬の名前が一つも出てこない。後半の最後の方でようやくそれらしい内容に。
夕方は田村杯。残念、中二本、残念、12射2中という悲惨な成績。勝手肘が回り込んでいないらしいが、そういったことに自分で気が付くか付かないか、この辺りで明暗が分かれているように思う。なるほど、技術内容や練習に対しての関心は人よりも高いのかもしれないが、おそらく自分自身に対する注意・関心(内省というべきか)の感度、精度、程度が低すぎる。
夜は新歓でした。世代は重なる。
写真:釧路駅
西の方角を見る。
439文字
いい加減に飽きてきたが、そうも言ってられない。午前中はデュプラー。抗腫瘍薬と分子標的薬について。結局まとめの表を作って暗記するだけの内容。午後は降圧剤について。しかしながら前半は生理Ⅱじみた内容や高血圧の病態などが延々と解説されるのみで薬の名前が一つも出てこない。後半の最後の方でようやくそれらしい内容に。
夕方は田村杯。残念、中二本、残念、12射2中という悲惨な成績。勝手肘が回り込んでいないらしいが、そういったことに自分で気が付くか付かないか、この辺りで明暗が分かれているように思う。なるほど、技術内容や練習に対しての関心は人よりも高いのかもしれないが、おそらく自分自身に対する注意・関心(内省というべきか)の感度、精度、程度が低すぎる。
夜は新歓でした。世代は重なる。
写真:釧路駅
西の方角を見る。
439文字
・自主選択
Web of ScienceとJCRを使った検索演習。しばしば眠りに落ちる。
午後は道場へ。巻藁を録画してみると、引分けは勝手が早いわ、その勝手肩は大三以降思いっきり抜けるわ、離れは角見ではなく押手ごと振り切るわで、色々と最悪だった。
というわけでせめて形だけは矯正してみたつもりが、今度はガチガチに固まって力が通らなくなってしまった。骨で弯かねばならないはずなのに、余計な筋肉がだいぶ邪魔をしている。
夕方は代々木。木曜は疲れる。
写真:根室本線普通列車@釧路
これから根室を往復します。
335文字
Web of ScienceとJCRを使った検索演習。しばしば眠りに落ちる。
午後は道場へ。巻藁を録画してみると、引分けは勝手が早いわ、その勝手肩は大三以降思いっきり抜けるわ、離れは角見ではなく押手ごと振り切るわで、色々と最悪だった。
というわけでせめて形だけは矯正してみたつもりが、今度はガチガチに固まって力が通らなくなってしまった。骨で弯かねばならないはずなのに、余計な筋肉がだいぶ邪魔をしている。
夕方は代々木。木曜は疲れる。
写真:根室本線普通列車@釧路
これから根室を往復します。
335文字