独立記念日

2014年7月4日 留学
独立記念日
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前夜
昨夜ボストン(Boston)からペン・ステーション(Penn Station)に到着した同級生U氏は、昨晩、今晩とihouseの居室に共に2泊する。さすがにベッドが狭すぎたが、何とか耐えた。いやしかし、男2人が密着して寝るというのも変な話であるw 同じくミネアポリス(Minneapolis)から飛んできたM氏は、Y氏宅へ行ったようだ。H氏は、セントラル・パーク(Central Park)からほど近いところに宿を取っているらしい。

パーティー
独立記念日(Independence Day)の今日は、同じくアメリカに来ている同級生と共に、郊外で開かれる大先生のホームパーティーへ向かう。メトロノース・レールロード(Metro North Railroad)という近郊鉄道に乗ってマンハッタンから40マイルほど北東に離れたカトナ(Katonah)という駅へ。他の3人は始発のグランド・セントラルから乗っていたが、我々はその次のハーレム125丁目(Harlem-125th Street)駅から合流した。第三軌条から饋電される方式なので、架線や架線柱はない。列車は標準軌の線路を快調に飛ばしてゆくが、踏切に差しかかる度に警笛を何度も鳴らすのであまり落ち着かない。景色は次第に緑が深くなっていき、郊外に来たことを思わせる。

天気が雨だったのが唯一残念である。豪邸で開かれたパーティーは実に盛況なもので、ニューヨークで働いている日本人医師が多く参加していた。色々な話を聞くことができて興味深かったのだが、海外に暮らすということの意味を今一度深く考える機会になったかもしれない。この一か月間は、アメリカの医療現場や医学教育をよく観察して帰って来よう。

酒宴
毎時1本の列車をタッチの差で逃してしまったこともあり、マンハッタンに戻ったら18時半であった。食料と酒を仕入れ、Y氏宅の屋上でささやかな酒宴が開かれる。今年はイースト・リバー(East River)から上がるという独立記念日の花火もここから見えるのではないかと思っていたのだが、打ち上げ場所ははるか南、マンハッタン・ブリッジとブルックリン・ブリッジの間だと分かったので、急いで外へ出て1番街を南下する。42丁目との交差点には人だかりができ始めていたので何かと思ったら、ビルの隙間から辛うじて花火を拝むことができたのだった。交通規制がかかっているわけでもないのに、今や交差点は人で溢れ返っている。花火が終わるまでは、車もその場に停まるしかない。

その後は部屋に戻って酒宴を再開。ihouseへ戻ったのは1時半頃であった。

写真
1枚目:メトロノース・レイルロード(これは客車列車だが、乗ったのは電車)
2枚目:花火
3枚目:グランド・セントラル

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