・蒼白の朝
はっと目を覚ますと、寝台客車の丸い天井が真っ先に目に入る。上段寝台から身を乗り出して車窓を覗くが、外はまだ暗いようだ。時刻は6時20分、あと少し走れば秋田に到着というところである。結局、羽越本線内ではほとんど寝てしまった。列車は暗黒の日本海を横目に、窓から漏れるほのかな車内灯を帯のように連ねて、ただひたすらに北へ向かっていたことだろう。間島の集落も、笹川流れの海岸も、そしてあつみ温泉も、小波渡も、みな通過してきた。果たして、どんな光景だったのだろうか。
うっすらと青白くなってきた空の下、雄物川を渡ると秋田に到着となる。凍りついたホームに降り立ち、冷たい外気を肺に吸い込んだ。停車時間は短く、ほどなくして発車時刻となった。車掌室のマイクの電源が入れっぱなしだったのか、「こちら2021列車車掌、機関士どうぞ」「こちら2021列車機関士、どうぞ」「2021列車発車!」というやり取りがスピーカーから聞こえてきた。直後にピーッと汽笛一声、列車はゆっくりと動き出す。客車列車ならではの光景だ。
・奥羽路
終点の青森までは3時間あまり。ここからはのんびりと車窓を眺め、所在ない時間を過ごす。先日の豪雪でどうなるかと思ったが、列車は意外にも定時運行。ちょうど秋田圏のダイヤ過密帯にさしかかり、快速や特急との交換のためにしばしば運転停車しながら歩みを進めていく。1月18日、土曜日。窓の外では、のんびりした週末の朝がすでに始まっているようだ。上野駅13番線を発ってから10時間弱、同じ列車がはるか北東北の地を走っていると思うと、改めて不思議な気分になる。
東能代を出ると、奥羽本線は内陸へと分け入る。富根~二ツ井、前山~鷹ノ巣という、かつて訪れた撮影地を車内からぼんやりと眺めるのはなかなか面白い。主客の逆転とでもいうのか、外界から列車を見るのと、列車から外界を見るのとでは、受ける印象が全く異なるものだ。軽快に雪を蹴散らしながら、朝を迎えた一面の銀世界を駆け抜ける列車。寒さに凍えながらファインダーを覗く今朝の撮影者の目には、どう映っているのだろう。白沢~陣場の有名撮影地には、多くの人がスタンバイしていた。見ると、こちらに向かって大きく手を振ってくれている人もいる。乗客と撮影者の、ほんの一瞬の対話である。
やがて列車は青森へ入る。上越国境を越え、日本海沿岸を夜通し走り、奥羽山脈を貫いて、ついに津軽平野までやって来た。沿線の表情が刻一刻と変わってゆくさまは、いかにも在来線の鉄道旅行らしい。ガラス越しではあるが、空気を肌で感じることができる。弘前を出ると、岩木山の雄大な山容が車窓に飛び込んできた。厳然と佇む津軽富士は、はるか昔から平野の暮らしを見守ってきた。雪に閉ざされた冬景色は、厳しくも美しい。
上野を出発して12時間半あまり、列車は4分遅れで終点の青森に到着した。かつては「上野発の夜行列車」を降りた「北へ向かう人の群れ」が青函連絡船へ吸い込まれていったと聞くが、港へと続いていた長いホームは行き止まり。今は鉄路が海峡の下をくぐる。あけぼのは到着後すぐに機関車が解放され、反対側に入替用のDE10が連結された。しばらくの後、長旅を終えた客車はゆっくりと引き揚げていった。
もう乗ることはないだろう。あけぼのよ、さらばだ。
写真
1枚目:早朝の秋田
2枚目:雪景色を走る
3枚目:青森にて
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はっと目を覚ますと、寝台客車の丸い天井が真っ先に目に入る。上段寝台から身を乗り出して車窓を覗くが、外はまだ暗いようだ。時刻は6時20分、あと少し走れば秋田に到着というところである。結局、羽越本線内ではほとんど寝てしまった。列車は暗黒の日本海を横目に、窓から漏れるほのかな車内灯を帯のように連ねて、ただひたすらに北へ向かっていたことだろう。間島の集落も、笹川流れの海岸も、そしてあつみ温泉も、小波渡も、みな通過してきた。果たして、どんな光景だったのだろうか。
うっすらと青白くなってきた空の下、雄物川を渡ると秋田に到着となる。凍りついたホームに降り立ち、冷たい外気を肺に吸い込んだ。停車時間は短く、ほどなくして発車時刻となった。車掌室のマイクの電源が入れっぱなしだったのか、「こちら2021列車車掌、機関士どうぞ」「こちら2021列車機関士、どうぞ」「2021列車発車!」というやり取りがスピーカーから聞こえてきた。直後にピーッと汽笛一声、列車はゆっくりと動き出す。客車列車ならではの光景だ。
・奥羽路
終点の青森までは3時間あまり。ここからはのんびりと車窓を眺め、所在ない時間を過ごす。先日の豪雪でどうなるかと思ったが、列車は意外にも定時運行。ちょうど秋田圏のダイヤ過密帯にさしかかり、快速や特急との交換のためにしばしば運転停車しながら歩みを進めていく。1月18日、土曜日。窓の外では、のんびりした週末の朝がすでに始まっているようだ。上野駅13番線を発ってから10時間弱、同じ列車がはるか北東北の地を走っていると思うと、改めて不思議な気分になる。
東能代を出ると、奥羽本線は内陸へと分け入る。富根~二ツ井、前山~鷹ノ巣という、かつて訪れた撮影地を車内からぼんやりと眺めるのはなかなか面白い。主客の逆転とでもいうのか、外界から列車を見るのと、列車から外界を見るのとでは、受ける印象が全く異なるものだ。軽快に雪を蹴散らしながら、朝を迎えた一面の銀世界を駆け抜ける列車。寒さに凍えながらファインダーを覗く今朝の撮影者の目には、どう映っているのだろう。白沢~陣場の有名撮影地には、多くの人がスタンバイしていた。見ると、こちらに向かって大きく手を振ってくれている人もいる。乗客と撮影者の、ほんの一瞬の対話である。
やがて列車は青森へ入る。上越国境を越え、日本海沿岸を夜通し走り、奥羽山脈を貫いて、ついに津軽平野までやって来た。沿線の表情が刻一刻と変わってゆくさまは、いかにも在来線の鉄道旅行らしい。ガラス越しではあるが、空気を肌で感じることができる。弘前を出ると、岩木山の雄大な山容が車窓に飛び込んできた。厳然と佇む津軽富士は、はるか昔から平野の暮らしを見守ってきた。雪に閉ざされた冬景色は、厳しくも美しい。
上野を出発して12時間半あまり、列車は4分遅れで終点の青森に到着した。かつては「上野発の夜行列車」を降りた「北へ向かう人の群れ」が青函連絡船へ吸い込まれていったと聞くが、港へと続いていた長いホームは行き止まり。今は鉄路が海峡の下をくぐる。あけぼのは到着後すぐに機関車が解放され、反対側に入替用のDE10が連結された。しばらくの後、長旅を終えた客車はゆっくりと引き揚げていった。
もう乗ることはないだろう。あけぼのよ、さらばだ。
写真
1枚目:早朝の秋田
2枚目:雪景色を走る
3枚目:青森にて
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