南九州撮影行 2日目
南九州撮影行 2日目
南九州撮影行 2日目
薩摩の地を走る国鉄型気動車。
9/15
山川615 → 西大山626
指宿枕崎線5321D キハ40 8056

撮影(大山~西大山):
※車両表記は左が鹿児島中央方
1328D[707] 普通列車 キハ47 8051+キハ47 9097
5323D[729] 普通列車 キハ40 8063
5322D[832] 普通列車 キハ40

西大山829 → 指宿916
指宿枕崎線5324D キハ40 8063

指宿940 → 宮ヶ浜947
指宿枕崎線1336D キハ47 131

撮影(薩摩今和泉~宮ヶ浜):
1329D[955] 普通列車 キハ47 or 147+キハ47 or 147
1338D[1017] 普通列車 キハ40 8063+キハ40 8056
1331D[1024] 普通列車 キハ200+キハ200
3071D[1039] 特急指宿のたまて箱1号 キハ140 2066+キハ47 9079+キハ47 8060
3072D[1100] 特急指宿のたまて箱2号 キハ140 2066+キハ47 9079+キハ47 8060
1333D[1106] 普通列車 キハ47 8124+キハ47 9078

宮ヶ浜1126 → 薩摩今和泉1130
指宿枕崎線1340D キハ200-1010

撮影(生見~薩摩今和泉 インカーブ):
1335D[1148] 普通列車 キハ147 105+キハ47 9046

撮影(生見~薩摩今和泉 S字カーブ):
1342D[1223] 普通列車 キハ147 30+キハ147 1055
3073D[1236] 特急指宿のたまて箱3号 キハ140 2066+キハ47 9079+キハ47 8060

撮影(生見~薩摩今和泉 ストレート):
1337D[1257] 普通列車 キハ47 or 147+キハ47 9097
3074D[1306] 特急指宿のたまて箱4号 キハ140 2066+キハ47 9079+キハ47 8060

撮影(生見~薩摩今和泉 俯瞰):
1344D[1347] 普通列車 キハ147 105+キハ47 9046

観音崎1407 → 蛸山1440
鹿児島交通バス 鹿児島200か1437

撮影(平川~瀬々串 海岸線その1):
1341D[1445] 普通列車 キハ47+キハ47

撮影(平川~瀬々串 錦江湾バック):
1346D[1519] 普通列車 キハ47 8124+キハ47 9078
1343D[1530] 普通列車 キハ147 105+キハ47 8046
3076D[1540] 特急指宿のたまて箱6号 キハ140 2066+キハ47 9079+キハ47 8060
343D[1549] 普通列車 キハ200-1503+キハ200

撮影(平川~瀬々串 海岸線その2):
344D[1619] 普通列車 キハ200-1503+キハ200
1347D[1631] 普通列車 キハ47+キハ47

平川1652 → 喜入1704
指宿枕崎線345D キハ200-9

撮影(喜入~前之浜):
1352D[1752] 普通列車 キハ47 8051+キハ47 9097
1349D[1757] 普通列車 キハ200+キハ200
1354D[1814] 普通列車 キハ147 105+キハ47 9046

喜入1835 → 鹿児島中央1919
指宿枕崎線350D キハ200-1502

鹿児島中央2053 → 新八代2138
九州新幹線5414A さくら414号 788-7019

新八代泊(東横イン)

日本最南端駅へ
撮影行の朝は早い。この世界でも「早起きは三文の得」とはよく言われる格言のようで、典型的な例としては早朝の時間帯に貨物列車や夜行列車が立て続けにやってきたり、特殊な列車運用があったりする場合が多い。ただし今回の「得」はもっと地味なもので、山川以西の区間で3本の列車を撮ることができるというささやかな楽しみである。山川~枕崎間は鹿児島中央~山川間に比べて極端に本数が少なく、日中は5時間以上列車が来ない時間帯もある。しかし早朝は比較的本数が密なので、開聞岳バックの有名撮影地で朝の撮影を楽しめる。

日本最南端の駅、西大山から歩くこと25分ほど、跨線橋からストレートの線路を小俯瞰する撮影地に到着した。背後には雄大な開聞岳の山容。稜線の左手奥には東シナ海が小さくのぞく。開聞岳は本当に美しい山で、左右対称で均整のとれた姿は薩摩富士の名にふさわしい。70年近く前、知覧を離陸した数々の特攻隊員は、ランドマークたるこの開聞岳を横目に故郷に別れを告げながら東シナ海へ針路をとり、死出の旅路についたという。沈黙した山が泰然と居座る景色の中、列車はまぶしい朝日を一面に浴びて、トコトコと指宿枕崎線の鉄路を踏みしめてゆく。

宮ヶ浜
西大山の駅に戻ると、車でここまで来たと思しき観光客でにぎわっていた。その多くは、列車がこの時間に来ることを知らなかったようである。列車に乗り込んだのは我々を含めたったの3人であった。指宿では少し時間があったので、駅撮りを楽しむ。ちょうどキハ40どうしの連結作業が行われ、構内には2編成のキハ40系列が停車中。快速なのはなを先に見送り、後を追う普通列車で指宿を去る。3月の鹿児島旅行の日記を見返してみたら、当時と同じ列車であった。そういえばあの時は、なのはなにぎりぎり間に合わず、後続の普通列車で鹿児島中央まで向かったのだった。

錦江湾に面した宮ヶ浜という駅で列車を降りる。今日の撮影は、ここから急に忙しくなる。西大山の撮影地では1時間以上の待ち時間があったというのに、指宿以北では、上下線を合わせると10~20分か場合によってはそれよりも短い間隔で列車がやって来るので、1本ごとに微妙に場所を変えるとなるとかなり慌ただしい。防波堤からの望遠、漁港の突堤からの側面打ちを中心に、1本ごとに画面を作っていく。しかし障害物が予想外に多く、それらを上手い具合にカットするのになかなか骨が折れる。さらに台風が接近しているとあり、空は晴れて日差しは燦々と降り注いでいるものの、海はだいぶ荒れていた。

風の試練
昼前の列車で一駅隣の薩摩今和泉へ向かう。生見方面へ歩いたところにある築堤のインカーブで下り列車をしっかり押さえた後、しばしの昼休みである。今日は暑いし、とにかく風が強い。日差しも強い。食料のパンをかじっていたら、何やら切り口に黒い粒がついている。バニラビーンズでも入っているのかと思いきや、地面に置いていた荷物はいつの間にか一面にカビが生えたかのごとく埃をかぶっていた。分かった、これは火山灰だ。南東の海上に台風がいるということは、今日の薩摩半島には強い北風が吹くということになる。今まさに、桜島から運ばれてきた火山灰をかぶっていることになる。

S字カーブの後追いで海側にカメラを振ったとき、レンズをやられてしまった。灰は常に飛んできているわけではなく、大量の灰が時おり突発的に運ばれてくるようだ。実にタイミングが悪かった。しかし画面に影響はなさそうなので、レンズは後で屋内へ入ったときにクリーニングするとして、とりあえずサングラスに帽子をかぶり、それに濡れタオルを巻いて口と鼻を覆う。異様な出で立ちになりつつも撮影を継続し、予定通り歩いて観音崎に到着した。ここでは踏切からの標準的なストレート、それに後追いと、トンネルのポータル上からの俯瞰撮影を行った。いかにも九州の残暑といったような画面が出来上がる。

錦江湾
指宿枕崎線は事前にキハ40系列の充当列車を徹底的に調べ上げていたが、今のところ読みは外れていない。今日の撮影スケジュールはキハ40系列を中心に組まれていて、とにかく貪欲に、1枚でも多く新しい絵を作ることを目指している。普段ならそこで出てくるのは「撮ったら乗れない、乗ったら撮れない」という徒歩鉄特有のジレンマだが、しかしこれを解決するのは他ならぬ路線バスである。鹿児島交通のバスが絶妙なタイミングで走っているので、これに乗って喜入を通り越し、平川~瀬々串まで一気に向かった。

下車したのは蛸山というバス停。海のすぐ近くにある駐車場から、頴娃街道と並走する指宿枕崎線の列車をとらえることができる。ここは風の強さがとくに異常で、立っているのがやっとくらいであった。思えば、東北では雪に埋もれ、あられに打たれ、豪雨に濡れ、そして九州では風に吹かれ、火山灰にまみれ、日差しに焼かれてと、これまで数々の過酷な撮影を経験してきたわけだ。

その後、俗に「そば屋カーブ」と呼ばれているらしい有名撮影地へと移動する。道が非常に分かりにくかったが、ここでもGPSが役に立った。5月に移行したスマホの利便性をつくづく実感する。もはや旅行に地図は不要なわけだが、しかしこういう便利な機能ばかり使っていてはどんどん思考力が低下し、いずれ紙の地図が読めなくなる日が来るのではないかと、少し不安になる。この有名撮影地は錦江湾をバックにして、右奥から曲がってきた列車を正面からとらえる場所である。しかし周囲の樹木の生長が著しく、どう頑張っても教科書的な構図にはなりえない。それでも、欄干の柵に足をかけて高さを稼いだり、構図を研究してなるべく障害物をカットして、何とか撮影。ここも風がとにかく強く、線路に転落する恐怖と背中合わせであった。しかし、コバルトブルーの海を背景にカーブを曲がる列車は、やはり美しい。有名撮影地には有名撮影地たるゆえんがあるのだ。

そして特筆すべきは、特急指宿のたまて箱。3月の鹿児島旅行で初めて見たときには実にとんでもない車両だと思ったが、改めてファインダー越しに対面してみると、じわじわ訴えかけてくるものがある。屋根にまで伸びる正中線ですっぱりと左右に分割された塗装は、もちろん奇をてらった部分もあるのだろうが、しかし白と黒、光と影、正と負、陽性と陰性といった相克する二面性を見事に体現しているように思える。人間を含めあらゆるものの中に潜むこの二面性が、容赦なく見せつけられているかのようだ。

4本を撮影した後は近くの浜辺へ降りた。沖合にはたくさんの船が見える。喜入に石油備蓄基地があるためか、タンカーが多い。離島から帰ってきたと思しきカーフェリーもある。西日に染まりゆく浜辺でのんびりとしながら、オマケのような撮影を行った。

夕刻の喜入
本日最後の撮影地は、喜入近くの水田地帯である。夕刻の斜光線に染め上げられた金色の稲穂を絡めて、3本の列車を撮影した。日中こそ暑かったが、このくらいの時間帯になると、心なしか風は秋を感じさせる。逆光に映える野焼きの煙、黒い稜線へと沈んでゆく橙色の太陽。どことなく漂う寂寥感に身を包まれ、一日が終わってゆく。早朝に朝日を浴びた開聞岳を撮っていたのが、はるか昔のことのようだ。灼熱の宮ヶ浜、白昼の火山灰、吹き荒れる強風。いつも黄昏時になると、意図せずともその日の出来事が回想される。そうして一日を回想し、非日常を回想し、やがては日常も非日常もひっくるめた全ての時間を回想し、新たなる明日が形作られてゆく。それはまるで、極めて複雑な漸化式に従って生きているかのようだ。

新八代へ
「わっぜえか丼」という独特の料理を鹿児島中央で食べた後、九州新幹線に乗り込んだ。そういえば、鹿児島本線の八代~川内はだいぶ昔に第三セクター化されてしまったのだった。あれは中1の夏だったか、まだこの区間が鹿児島本線だった頃、車窓から見た水俣の海、夏の不知火海が素晴らしく美しかったことは、今でもよく覚えている。新幹線は無情にもトンネルで内陸を貫き、ぐいぐいとスピードを上げていく。

写真
1枚目:開聞岳に抱かれて(@大山~西大山)
2枚目:錦江湾沿いを走る(@平川~瀬々串)
3枚目:黄昏時(@喜入~前之浜)

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