エイヴォン(Avon)川のほとりに佇む中世の町。
・鉄道旅行3日目
今日もパディントンから旅が始まる。昨日と同じファースト・グレート・ウェスタン鉄道で、ブリストル(Bristol)行の特急列車に乗る。列車はやはりディーゼル機関車が牽引する客車列車で、編成は昨日の列車とほぼ同じと思われる。車内は結構混んでいて、ヘッドレストに「Reserved」の札が差さっている座席も多い。バース(Bath)までの107マイルを1時間半で行くため、表定速度は毎時115km/hということになる。車窓を見るに、飛ばしている区間は140か150ほど出ているのではないだろうか。デッキの扉は相変わらずの手動外開き式だが、扉の窓は何と走行中でも開く。試しに窓を下ろしてみるとかなりの風圧で、少しでも乗り出せば命の危険を感じる。
バースでは多くの乗客が下車した。バース自体はローマ時代の浴場がある一大観光地ではあるが、今日はここはパスし、近郊にあるブラッドフォード・オン・エイヴォンという小さな田舎町を訪ねよう。8分の接続でウェストベリー(Westbury)行のローカル線に乗り換える。列車は3両編成の気動車で、床下から伝わってくるエンジンの唸りと振動は、キハ40を彷彿させる。先ほどまで乗っていた客車列車との乗車感の違いが明らかで面白い。バースを去った列車の車窓は急にのどかになり、エイヴォン川に沿って牧草地が広がる。緑の背景に、点々と白い影。羊が放牧されている。フレッシュフォード(Freshford)、エイヴォンクリフ(Avoncliff)という小駅を経て、目的地、ブラッドフォード・オン・エイヴォンに到着である。
・白昼の逍遥
2面2線の小さな駅である。石造りの駅舎は、19世紀に建造されたものらしい。北側へ少し歩いていくと、タウン・ブリッジ(Town Bridge)のほとりに観光案内所があった。入ると、ボランティアと思しき親切そうな老紳士が丁寧に説明してくれた。町の地図を30ペンスで購入する。名前の通り、ここはエイヴォン川に沿う形でゆるやかな斜面に町が展開している。
最大の見どころは、サクソン・チャーチ(Saxon Church)である。1300年前のサクソン時代からここにあったという恐ろしく古い建築で、非常に素朴な外観なので言われなければ教会と分からない。実際、本来の用途が不明で納屋や納骨堂として使われていた時代もあったらしく、これがサクソン時代の教会だと判明したのは19世紀のことである。内部に入ると非常に簡素な造りで、壁には一対の天使が彫刻が見える。10世紀以上の長きにわたってこの地を見守ってきたと思うと、不思議な気分になる。サクソン・チャーチの向かい側にはトリニティ・チャーチ(Trinity Church)という別の教会がある。これはこれで立派な教会だが、案内所の老紳士曰く、町の人々の心の拠り所はサクソン・チャーチの方にあるらしい。
その後、古い町並みへと足を運ぶ。急坂を上っていくと、斜面にはりつくようにして石造りの家々が立ち並んでいる。ミドル・レーン(Middle Lane)とセント・メアリー・トーリー(St. Mary Tory)という2本の歩道が並行して斜面を横切っており、狭い石段がその間を縫うように走っている。上り坂の一角をふと見れば、2年前に訪れた尾道の町を思い出す。家々の庭は歩道を挟んだ反対側にあり、高台からは町の風景が一望のもとである。そのはずれにある聖メアリー教会は質素な建物で、いわゆる教会のイメージとはずいぶんと異なる。教会の前の芝生でしばしの休憩。白昼の暖かな日差しを浴びながら、人なつこい飼い猫と飼い犬が追いかけてくる。ここには、ゆるやかな時間が流れているように思える。至る所に古い建物が佇んでいて、どこを切り取っても絵になる美しい町だ。
良い時間になったので斜面を下りる。古い町並みを縫うような歩道は非常に静かだったのに対し、舗装された車道の交通量はかなり多い。それでも、14世紀の石造りの納屋、15世紀から営業しているらしいSwan Hotelという老舗の宿など、町の随所に歴史を感じる。シャンブル(Shamble)という小さな商店街を見た後、Dandy Lionというパブにて遅い昼食。ラム肉のシチューと、Rhymney Exportというビール。最後にタウン・ブリッジの写真を撮ってから町を後にした。
・帰路
3日間の鉄道による日帰り旅行も今日でおしまいである。やはり海外の鉄道は面白い。何より、当たり前のように客車列車に乗れるのが嬉しい。そういえば昼間、突然妙な汽笛が聞こえたので駅の方を見渡すと、何と蒸気機関車が白煙を吐きながら猛然と通過していくのが家々の狭間に見えた。とくに予習をしていなかったので驚いたが、何かの臨時列車だったのかもしれない。次回訪れることがあれば、イギリスの保存鉄道を探訪するのも面白そうである。一度の旅行ではとても全てを回り切ることはできないが、あらゆる瞬間が一期一会であることを肝に銘じて、旅を続けるとしよう。
写真
1枚目:青空に映えるサクソン・チャーチ
2枚目:ブラッドフォード・オン・エイヴォンの町を一望
3枚目:駅に入線する普通列車
3061文字
3/13
Bond Street → Baker Street
Jubilee Line
Baker Street → Paddington
Bakerloo Line
London Paddington 930 → Bath Spa 1059
First Great Western Service
Bath Spa 1107 → Bradford-on-Avon 1123
First Great Western Service
ブラッドフォード・オン・エイヴォン(Bradford-on-Avon)散策
Bradford-on-Avon 1452(+2) → Bath Spa 1509(+3)
First Great Western Service
Bath Spa 1513 → London Paddington 1644
First Great Western Service
Paddington → Baker Street
Bakerloo Line
Baker Street → Bond Street
Jubilee Line
ロンドン泊
Mermaid Suite
・鉄道旅行3日目
今日もパディントンから旅が始まる。昨日と同じファースト・グレート・ウェスタン鉄道で、ブリストル(Bristol)行の特急列車に乗る。列車はやはりディーゼル機関車が牽引する客車列車で、編成は昨日の列車とほぼ同じと思われる。車内は結構混んでいて、ヘッドレストに「Reserved」の札が差さっている座席も多い。バース(Bath)までの107マイルを1時間半で行くため、表定速度は毎時115km/hということになる。車窓を見るに、飛ばしている区間は140か150ほど出ているのではないだろうか。デッキの扉は相変わらずの手動外開き式だが、扉の窓は何と走行中でも開く。試しに窓を下ろしてみるとかなりの風圧で、少しでも乗り出せば命の危険を感じる。
バースでは多くの乗客が下車した。バース自体はローマ時代の浴場がある一大観光地ではあるが、今日はここはパスし、近郊にあるブラッドフォード・オン・エイヴォンという小さな田舎町を訪ねよう。8分の接続でウェストベリー(Westbury)行のローカル線に乗り換える。列車は3両編成の気動車で、床下から伝わってくるエンジンの唸りと振動は、キハ40を彷彿させる。先ほどまで乗っていた客車列車との乗車感の違いが明らかで面白い。バースを去った列車の車窓は急にのどかになり、エイヴォン川に沿って牧草地が広がる。緑の背景に、点々と白い影。羊が放牧されている。フレッシュフォード(Freshford)、エイヴォンクリフ(Avoncliff)という小駅を経て、目的地、ブラッドフォード・オン・エイヴォンに到着である。
・白昼の逍遥
2面2線の小さな駅である。石造りの駅舎は、19世紀に建造されたものらしい。北側へ少し歩いていくと、タウン・ブリッジ(Town Bridge)のほとりに観光案内所があった。入ると、ボランティアと思しき親切そうな老紳士が丁寧に説明してくれた。町の地図を30ペンスで購入する。名前の通り、ここはエイヴォン川に沿う形でゆるやかな斜面に町が展開している。
最大の見どころは、サクソン・チャーチ(Saxon Church)である。1300年前のサクソン時代からここにあったという恐ろしく古い建築で、非常に素朴な外観なので言われなければ教会と分からない。実際、本来の用途が不明で納屋や納骨堂として使われていた時代もあったらしく、これがサクソン時代の教会だと判明したのは19世紀のことである。内部に入ると非常に簡素な造りで、壁には一対の天使が彫刻が見える。10世紀以上の長きにわたってこの地を見守ってきたと思うと、不思議な気分になる。サクソン・チャーチの向かい側にはトリニティ・チャーチ(Trinity Church)という別の教会がある。これはこれで立派な教会だが、案内所の老紳士曰く、町の人々の心の拠り所はサクソン・チャーチの方にあるらしい。
その後、古い町並みへと足を運ぶ。急坂を上っていくと、斜面にはりつくようにして石造りの家々が立ち並んでいる。ミドル・レーン(Middle Lane)とセント・メアリー・トーリー(St. Mary Tory)という2本の歩道が並行して斜面を横切っており、狭い石段がその間を縫うように走っている。上り坂の一角をふと見れば、2年前に訪れた尾道の町を思い出す。家々の庭は歩道を挟んだ反対側にあり、高台からは町の風景が一望のもとである。そのはずれにある聖メアリー教会は質素な建物で、いわゆる教会のイメージとはずいぶんと異なる。教会の前の芝生でしばしの休憩。白昼の暖かな日差しを浴びながら、人なつこい飼い猫と飼い犬が追いかけてくる。ここには、ゆるやかな時間が流れているように思える。至る所に古い建物が佇んでいて、どこを切り取っても絵になる美しい町だ。
良い時間になったので斜面を下りる。古い町並みを縫うような歩道は非常に静かだったのに対し、舗装された車道の交通量はかなり多い。それでも、14世紀の石造りの納屋、15世紀から営業しているらしいSwan Hotelという老舗の宿など、町の随所に歴史を感じる。シャンブル(Shamble)という小さな商店街を見た後、Dandy Lionというパブにて遅い昼食。ラム肉のシチューと、Rhymney Exportというビール。最後にタウン・ブリッジの写真を撮ってから町を後にした。
・帰路
3日間の鉄道による日帰り旅行も今日でおしまいである。やはり海外の鉄道は面白い。何より、当たり前のように客車列車に乗れるのが嬉しい。そういえば昼間、突然妙な汽笛が聞こえたので駅の方を見渡すと、何と蒸気機関車が白煙を吐きながら猛然と通過していくのが家々の狭間に見えた。とくに予習をしていなかったので驚いたが、何かの臨時列車だったのかもしれない。次回訪れることがあれば、イギリスの保存鉄道を探訪するのも面白そうである。一度の旅行ではとても全てを回り切ることはできないが、あらゆる瞬間が一期一会であることを肝に銘じて、旅を続けるとしよう。
写真
1枚目:青空に映えるサクソン・チャーチ
2枚目:ブラッドフォード・オン・エイヴォンの町を一望
3枚目:駅に入線する普通列車
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