冬の京都で弓を弯く。
・三十三間堂大的大会
7時過ぎに宿を出る。東山閣から歩いて5分ほどで三十三間堂に到着。受付を済ませ、選手控えに荷物を置く。まだ日が昇り切らず、招集の広場は底冷えしている。
遠的を行うのは初めてであったが、遠的とは関係なしに寒さと緊張感で体がこわばり、二本とも的の下の砂利道にズシャってしまった。もっとのびのびと素直に弯けるようになりたい。それこそ、新年の目標にも掲げた「ストレートでシンプルな美しさ」を目指したいところなのだが、どうもまだ言ってみただけという感じで全く実行に移せていないのが現状。有言不実行というのは最悪なので、理屈とか論理とか自分の考えとか、そういうものは確かに大事ではあるけれどもひとまず脇に置いておくとして、もっと人間的でもっと合理的な感覚というものを今年は磨いていきたい。何にせよ、一手だったとはいえ良い経験であった。前予科主任の彼は一手皆中という偉業を成し遂げたので、決勝に進出。どうやら全塾に勝ったようだww 「適当に狙いを上げたら二本とも中った」らしいが、こういう美しさが自分にも欲しい。女子の部までは少し暇があったので、宿の荷物置場に戻り道着を着替えてしまう。
女子の部は百花繚乱の華やかさである。朝の寒い時間帯にやたら急かされて弯いた男子の部とは比べ物にならないww やはりこの射会は振袖と袴こそがメインであって、それが京の冬の風物詩としても有名になっている。会場は一般開放され、親御さんと思しき人々、地元民らしき人々、そして凄まじい撮影機材を抱えた人々で観覧席はごった返している。全員が射場を一目見ようと押しかけ、満員電車を超える人ごみ。脚立に乗って望遠レンズを構える人が群がる様子は、有名撮影地での場所の取り合いやブルートレイン最終日の東京駅に匹敵するものがある。結局最前列から程遠いところで撮ることになってしまったので、カメラを頭上に持ち上げファインダーを覗かずに、撮影後の画像確認だけを頼りに感覚で撮りまくる。残念ながらピントの甘い写真を量産する結果に終わったが、幸い後射場に入ってくれたのでなんとか撮れるには撮れた。1時間近く背伸びをしていたので、下腿の筋に激痛が走る。
その後近くの「京旭屋」でにしんそばと鯖寿司を食べ、空いた時間で三十三間堂を拝観する。千体の千手観音が堂内に整列する様子は極めて圧巻で、仏像の森と呼ばれるのもうなずける。三十三間堂は何より通し矢でも有名で、堂内に飾られた無数の額がその歴史を物語る。それにしても、夕刻から翌夕刻までの24時間で13053本を放ち、うち8133本が120メートルの距離を射通したという壮絶な記録にはただただ驚くばかり。折角なので御守りを買って帰る。
女子の部が終わると有段者の部。どこかの立の二的が押手・勝手ともに激しく震動するという凄まじい射型だったので驚愕したww その後は決勝。我らが前予科主は残念ながら振分けられてしまったけれども、それでも十分な勇姿であった。気がつけばもう夕方である。三十三間堂大的大会、これにて終了。
・帰路へ
ずいぶん疲労もたまっていたし残った時間もいささか中途半端であったから積極的に観光というわけにもいかず、のんびりと支度をしてから全員で京都駅に向かう。土産物を買う時間があったので、伊勢丹の地下を見て回る。酒類売り場が非常に充実している。色々と試飲させてもらった上で、京都らしい地酒ということで「松の翠」の純米大吟醸を手に入れる。この他にはちりめん山椒としそのあて味噌を合わせて買っておいた。和菓子は和菓子で良いのだが、どうも開けたその場限りで終わってしまうような気がしてもったいないのである。夕食は伊勢丹11階の洋食屋に入った。旅行中にこうして集まるのも最後である。
形式にとらわれてはいけない。形式とは本来内容に追従するものであって、内容を直に反映するものであるはずだ。したがって、立場とか身分、とくに先輩とか後輩とかいった関係、そういったものは永続的にして絶対的でありながらしかし形式の一種に過ぎない。本質に目を向けてみれば、先輩だから先輩、後輩だから後輩というのではなくて、何か内容を伴っているから先輩、同じく何か別の内容を伴っているから後輩なのである。理想的には、そうあるべきだと思う。実際のところ、何の文脈もない純粋に客観的な視点から人間を見てみれば、先輩と後輩の違いというのは生まれた時期の違いでしかない。それを承知した上で、いかに互いの人間としての内容を深め合っていけるかが真の関係なのであって、ただ教えていれば良いとか、ただ言うことを聞いていれば良いとか、ただ無難に儀礼的であれば良いとか、そういういかにも単純で思考停止的な考えは次第に両者の齟齬を生んでいくばかりか、人間関係の集合体たる組織全体をも誤りかねないと思う。そういうわけで、対話を重視することは何事においてもまずは第一歩となろう。会話ではなく対話である。個人的な極論だが、会話はレトリックの類だと思っている。
写真
1枚目:大的大会 その一
2枚目:大的大会 その二
3枚目:週末の賑わい
2533文字
・三十三間堂大的大会
7時過ぎに宿を出る。東山閣から歩いて5分ほどで三十三間堂に到着。受付を済ませ、選手控えに荷物を置く。まだ日が昇り切らず、招集の広場は底冷えしている。
遠的を行うのは初めてであったが、遠的とは関係なしに寒さと緊張感で体がこわばり、二本とも的の下の砂利道にズシャってしまった。もっとのびのびと素直に弯けるようになりたい。それこそ、新年の目標にも掲げた「ストレートでシンプルな美しさ」を目指したいところなのだが、どうもまだ言ってみただけという感じで全く実行に移せていないのが現状。有言不実行というのは最悪なので、理屈とか論理とか自分の考えとか、そういうものは確かに大事ではあるけれどもひとまず脇に置いておくとして、もっと人間的でもっと合理的な感覚というものを今年は磨いていきたい。何にせよ、一手だったとはいえ良い経験であった。前予科主任の彼は一手皆中という偉業を成し遂げたので、決勝に進出。どうやら全塾に勝ったようだww 「適当に狙いを上げたら二本とも中った」らしいが、こういう美しさが自分にも欲しい。女子の部までは少し暇があったので、宿の荷物置場に戻り道着を着替えてしまう。
女子の部は百花繚乱の華やかさである。朝の寒い時間帯にやたら急かされて弯いた男子の部とは比べ物にならないww やはりこの射会は振袖と袴こそがメインであって、それが京の冬の風物詩としても有名になっている。会場は一般開放され、親御さんと思しき人々、地元民らしき人々、そして凄まじい撮影機材を抱えた人々で観覧席はごった返している。全員が射場を一目見ようと押しかけ、満員電車を超える人ごみ。脚立に乗って望遠レンズを構える人が群がる様子は、有名撮影地での場所の取り合いやブルートレイン最終日の東京駅に匹敵するものがある。結局最前列から程遠いところで撮ることになってしまったので、カメラを頭上に持ち上げファインダーを覗かずに、撮影後の画像確認だけを頼りに感覚で撮りまくる。残念ながらピントの甘い写真を量産する結果に終わったが、幸い後射場に入ってくれたのでなんとか撮れるには撮れた。1時間近く背伸びをしていたので、下腿の筋に激痛が走る。
その後近くの「京旭屋」でにしんそばと鯖寿司を食べ、空いた時間で三十三間堂を拝観する。千体の千手観音が堂内に整列する様子は極めて圧巻で、仏像の森と呼ばれるのもうなずける。三十三間堂は何より通し矢でも有名で、堂内に飾られた無数の額がその歴史を物語る。それにしても、夕刻から翌夕刻までの24時間で13053本を放ち、うち8133本が120メートルの距離を射通したという壮絶な記録にはただただ驚くばかり。折角なので御守りを買って帰る。
女子の部が終わると有段者の部。どこかの立の二的が押手・勝手ともに激しく震動するという凄まじい射型だったので驚愕したww その後は決勝。我らが前予科主は残念ながら振分けられてしまったけれども、それでも十分な勇姿であった。気がつけばもう夕方である。三十三間堂大的大会、これにて終了。
・帰路へ
ずいぶん疲労もたまっていたし残った時間もいささか中途半端であったから積極的に観光というわけにもいかず、のんびりと支度をしてから全員で京都駅に向かう。土産物を買う時間があったので、伊勢丹の地下を見て回る。酒類売り場が非常に充実している。色々と試飲させてもらった上で、京都らしい地酒ということで「松の翠」の純米大吟醸を手に入れる。この他にはちりめん山椒としそのあて味噌を合わせて買っておいた。和菓子は和菓子で良いのだが、どうも開けたその場限りで終わってしまうような気がしてもったいないのである。夕食は伊勢丹11階の洋食屋に入った。旅行中にこうして集まるのも最後である。
京都1932 → 新横浜2134前にも書いたような気がするが、帰路の新幹線では猛然と日常に引きずり戻されるような感覚を強いられる。飛ぶように後方へ消し飛んでゆく車窓、目にも止まらないほど速いかと言われれば必ずしもそうではなく、目で景色を追跡することもできる。この絶妙な速度が、それまでの旅の満足感と充足感、何とも形容しがたい哀愁と虚しさ、いよいよ旅も終局なのだというどこか寂しい思い、そして明日から何事もなかったかのように当たり前の日常が回転し始めることに気づくといういささかの憂鬱、そういった様々な感情の混合物を上手い具合に合成している。
東海道新幹線54A のぞみ54号
形式にとらわれてはいけない。形式とは本来内容に追従するものであって、内容を直に反映するものであるはずだ。したがって、立場とか身分、とくに先輩とか後輩とかいった関係、そういったものは永続的にして絶対的でありながらしかし形式の一種に過ぎない。本質に目を向けてみれば、先輩だから先輩、後輩だから後輩というのではなくて、何か内容を伴っているから先輩、同じく何か別の内容を伴っているから後輩なのである。理想的には、そうあるべきだと思う。実際のところ、何の文脈もない純粋に客観的な視点から人間を見てみれば、先輩と後輩の違いというのは生まれた時期の違いでしかない。それを承知した上で、いかに互いの人間としての内容を深め合っていけるかが真の関係なのであって、ただ教えていれば良いとか、ただ言うことを聞いていれば良いとか、ただ無難に儀礼的であれば良いとか、そういういかにも単純で思考停止的な考えは次第に両者の齟齬を生んでいくばかりか、人間関係の集合体たる組織全体をも誤りかねないと思う。そういうわけで、対話を重視することは何事においてもまずは第一歩となろう。会話ではなく対話である。個人的な極論だが、会話はレトリックの類だと思っている。
写真
1枚目:大的大会 その一
2枚目:大的大会 その二
3枚目:週末の賑わい
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