くはねさん
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北海道旅行 終章
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苫小牧1808 → 上野938
室蘭本線・函館本線・江差線・海峡線・津軽線・青い森鉄道・IGRいわて銀河鉄道・東北本線2レ 特急北斗星 オハネ25 551
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帰路西の方角にはまだかすかに光が残っているが、青インクが如く東の空から湧いてきた寒色の闇に、辺りは急速に包まれてゆく。外を見ると、列車の灯りが車窓から漏れている。DD51の重連に率いられて列車は黄昏の室蘭本線をひた走り、宵闇の冷たい風が容赦なく顔を打つ。いよいよ昏くなってきた。
ロビーカーで雑談していると、長万部を過ぎた頃にもうパブタイムの案内があった。上りの北斗星は予約制のディナータイムが2回分設定されているはずだが、今日は予約客が少なかったということだろうか。ひとまず食堂車に腰を落ち着けて、函館本線の夜を過ごす。ゆったりとした時間。ゴトゴトと列車に揺られる愉しみ。車両こそ古いが、依然根強い人気があるというのも頷ける。
そうこうしているうちに、函館に到着した。函館山の稜線が闇に浮かんでいる。頂上の展望台からは、さぞ美しい夜景が見渡せることだろう。次に北海道に来るときは、道南・道央を中心に訪れてみたいものである。重連のDD51はここで解放され、反対側に津軽海峡線用のED79が連結される。特急列車だけあって停車時間は短く、機関車を交換するとすぐに函館を発車。江差線に入ってしばらくした後、窓外を見渡せば、列車は闇の海岸線をなぞりながら走っている。眼前に黒々と横たわるは、闇に沈んだ津軽海峡。時おり汽笛が寂しげに夜空にちぎれてゆく。22時38分、青函トンネルに進入。さらば北海道。
夜のロビーカー。先輩との対話。敢えて内容は書かないが、いつか時間があるときに取り上げてみたい。今宵はなかなか深かった。旅行とは「対話」の場であると私は考えている。つまり、一人旅では自分との対話、他人との旅ではその同伴者との対話。旅行が非日常である以上、すなわち普段の自分を一段高いところから冷静に俯瞰できる環境である以上、かかる対話によって自分の内面と素直に向き合うことができる。同時に、他人との対話は自らの見識を広げ、思考の材料を提供してくれるものと思っている。「鉄道趣味」という原動力から旅行がなされる。しかしながら旅行が終わったときには、その趣味を満足したという喜び以上のものが得られていることが往々にしてあるのは、相手が自分であれ他人であれ、旅行が非日常に支えられた対話の場として機能しているからに他ならない。今回に関していえば、対話の質は極めて高かった。今後に関しても、対話の質というものを旅行の出来不出来を評価する一つの指標にしたいと思う。
旅行は「気分転換」「気晴らし」の一言で簡単に片付けられるほど浅いわけではない。むろん日帰りのちょっとしたものに関してはこの限りではないのだが、数泊の長期旅行となるとやはり深みが違ってくる。たしかに、留辺蘂近辺で石北臨貨が撮れるだとか、レンタカーを使えば効率的に宗谷岬を観光できるだとか、豪華寝台特急北斗星に乗れるだとか、そういう直接的な愉しみ、見かけ上の旅行の愉しみというのはあるし、平凡な日常と対比してこれを非日常の気分転換と呼ばないのはむしろおかしく思える。だが、そういったものの一切を取り除いたときに残るものは一体何なのか。たとえば留辺蘂までの車窓を見ていてふと心に紛れ込んできた思いだとか、宗谷岬でシャッターを切り続けるその合間、異国の地を目にしてふと湧き起こった感情だとか、まさに先刻ロビーカーで行われた先輩との対話だとか、「愉しみの隙間」に挟まったもの、すなわち自他との対話の産物こそが、旅行の真の愉しみであり醍醐味、そして非日常性の本質そのものといえよう。そういうふうに考えている。
今宵の内容を十分に咀嚼し、今後の自分に対して正しく活かせるのならば、これ以上の喜びはない。いつの間にか列車は本州に上陸し、深夜の東北本線を一路南下し始めている。そろそろ眠りに就こう。
朝は福島あたりで目が覚めた。定刻で走っているようだ。食堂車で一杯のレモンティー。見れば、外は通勤・通学ラッシュである。いよいよ慌ただしい日常に戻って来た。上野駅の13番線に降り立てば、もう非日常のプールからはすっかり上がり、何事もなかったかのように日常が始まるのである。
参考:3月11日発2レ 北斗星の編成
(←札幌)機関車EF81 92・機関車ED79 12・1号車オハネフ25 2・2号車オハネフ24 501・3号車オハネ25 561・4号車オハネ25 563・5号車オハネ25 551・6号車スハネ25 503・7号車スシ24 504・8号車オロネ24 501・9号車オロハネ25 502・10号車オロハネ24 551・11号車オハネフ25 12・電源車カニ24 507・機関車DD51 ?+?(上野→)
写真
1枚目:パブタイム
2枚目:闇の海岸線
3枚目:夜は更ける
2172文字
北海道旅行 4日目
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豊水すすきの901 → さっぽろ905
札幌市営地下鉄東豊線72 7102
札幌919 → 苫小牧1003
函館本線・千歳線・室蘭本線5008D 特急北斗8号
キハ183 1556
苫小牧1017 → 様似1335
日高本線2227D キハ40 353
様似1433 → 苫小牧1754
日高本線2236D キハ40 353
・
日高本線ついに道内滞在も最終日。今日は1日がかりで日高本線を乗りつぶす。海岸線に張り付いた、道南の長い盲腸線である。
夕べは北海道・東北の太平洋側は荒れたようで天気がいささか心配ではあったが、至って平穏である。朝は薄曇であったが、苫小牧に着く頃には空は澄みわたってきた。苫小牧を出た列車はひたすら南東に向かって走る。最初は港湾や工業地帯が待ち受けるが、やがては牧場と太平洋に囲まれたのどかなローカル線の旅となる。線路と海との間には乱雑な砂浜が広がるのみで、大狩部あたりでは海岸線が非常に近くなる。静内では長停。帰りの列車に合わせて「日高つぶめし弁当」を予約しておく。この辺りはもっと暖かい季節に来るとなお素晴らしいのだろう。日高昆布という名産もありながら、競走馬の育つ里でもある。浦河を過ぎれば沿線は漁師町の様相を呈してくる。ところどころに干された昆布、広い砂浜、陸に揚げられた漁船がこの地域を特徴づけている。片道3時間という長旅ではあるが、思いのほかあっという間に終着の様似である。
ここからは襟裳岬行のバスも出ているが、残念ながら今回は時間がない。およそ1時間後の苫小牧行で折り返すことになる。駅は簡易委託で、わざわざ記念に発行して頂いた切符はかけがえのない想い出となった。日高山脈の麓、襟裳岬に近いのどかな町である。そろそろ行かねばならない。
帰りの列車は夕刻も近くなり、行きとはまた違った表情の車窓となる。傾きゆく西日を追いかけるかの如く、列車は海岸線を快走する。静内では昼間頼んでおいた弁当を受け取った。ここからはちょうど夕方の列車となり、家路につく高校生が多く乗ってくる。彼らにとっては当たり前の光景でも、我々旅行者にとってみれば、海岸のすぐそばを走る鉄道などはなかなか珍しい。窓を開け、無心にシャッターを切る。窓から差し込んでくる夕陽が、車内を橙色に染め上げる。潮風は爽快。そして北海道で眺める最後の入り日。明朝にはもう雑然とした日常に戻っている、という思いがふと頭をよぎるも、非日常の贅沢を最後まで味わいつくすかのように、この時空間全体を堪能する。鵡川を過ぎたあたりで完全に陽は没してしまったが、もくもくと煙の立ち昇る製紙工場のプラントが、残照のコントラストに映えて美しい。ほどなくして夜の帳が下りてくる。苫小牧に戻ったのもその頃であった。
日高本線、また訪れたい。
写真
1枚目:昆布の名産地
2枚目:まもなく日没
3枚目:苫小牧の黄昏
1426文字
北海道旅行 3日目
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宗谷岬・ノシャップ岬・稚内観光
稚内1345 → 深川1754
宗谷本線・函館本線2042D 特急サロベツ キハ183 1558
深川1808 → 増毛1935
留萌本線4931D キハ54 506
増毛1948 → 深川2108
留萌本線4936D キハ54 506
深川2121 → 札幌2236
函館本線18D 特急オホーツク8号 キハ182 3
さっぽろ2301 → 豊水すすきの2304
札幌市営地下鉄東豊線303 7204
札幌泊
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宗谷岬今日も快晴。氷雪の街は凛とした朝の空気に包まれている。駅員の話によると、この辺りは氷に塩が混ざるので路面が滑りやすいそうだ。午前中は、手配しておいたレンタカーで宗谷岬を中心に観光する。宗谷湾に沿って国道238号線を東進。前方に見える小高い丘は宗谷岬へと続く東側の半島。風力発電の風車が白銀の丘陵に林立している。声問、富磯と集落を過ぎていくと、やがて道路は大きく北へ旋回。左手を見れば、湾を挟んだ稚内市街の後ろに雄大な利尻富士が聳え立っている。最果ての地は近い。
岬は、小さな広場が整備されている程度のあっけない場所であった。ここが日本最北端の地。車を降りると、吹き荒れる冷たい海風が身を刺してくる。夕べ少し降ったのだろうか、真っ新な粉雪が辺りに吹き飛ばされてゆく。白銀の陸、紺碧の海、水色の空。その中心、北極星の方向に三角形の石碑が立っている。そして傍らには、宗谷海峡を見つめる間宮林蔵の銅像。水平線を見渡してみれば、白い陸地が彼方にうっすらと浮かび上がっている。あそこはもう異国の地、ロシアのサハリン島である。寒風に吹きさらされながら、記念撮影などを済ませる。広場の隅にあった土産物屋でしばらく休憩した後、国道を引き返して稚内市街へ戻った。
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稚内時間が余っていたので宗谷湾西側のノシャップ岬にも赴く。ここは港湾色が強い場所であった。防波堤ドームなども見て、最後は市場へ。イクラと鮭が入った鮭親子丼を食し、名産の品々を買ってから駅へ戻った。鉄道とレンタカーを組み合われば、実に効率的な観光が実現する。利尻、礼文にもいつか行ってみたいところである。
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特急サロベツ運転室直後の席は前面の展望が利くので、そこで悠然と景色を眺めていれば、長い宗谷本線の道のりも苦ではない。天気は曇ってきたが、山間部や原野を一路南下する様子はやはり見応えがある。今日は3月10日。車内では、色々と合格の報や進路に関する報を頂いた。そして先月の怒濤の代々木通いは無事報われたようで、私も感無量である。思えば1年前は、岐路に立っていたのであった。過去の選択は、後々になればなるほど、その旨味が増してくるというものだ。
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留萌本線今晩は札幌だが、その前に深川で下車。絶妙な接続で留萌本線を乗りつぶす。夜だと車窓は闇であるからどうしても「作業」感が否めなくなってしまうが、だからとて乗らないというのもそれはそれでもったいない。増毛を往復した後は、深川からオホーツク8号に乗車。電化区間といえども、今回の旅行は気動車にしか乗らないことになる。
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すすきの宿は繁華街にほど近い。日付の変わる頃、ラーメン横丁に行って味噌ラーメンを食した。ここは半世紀の歴史があるラーメン屋の密集地帯で、狭い店内にはその歴史が息づいている。大通りの両脇にはタクシーがずらりと並び、飲み会帰りの酔客を待っている。駅の北側とは全く異なった趣を体感した、騒然たる札幌の夜である。
写真
1枚目:宗谷岬
2枚目:終着駅(@増毛)
3枚目:ラーメン横丁
1892文字
北海道旅行 2日目
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釧路905 → 網走1205
根室本線・釧網本線3728D 快速しれとこ キハ54 507
網走1210 → 留辺蘂1352
石北本線4662D キハ40 736
石北臨貨8072レ撮影
留辺蘂1439 → 旭川1712
石北本線・宗谷本線16D 特急オホーツク6号 キハ182 3
旭川1913 → 稚内2247
宗谷本線2033D 特急スーパー宗谷3号 車番記録忘れ
稚内泊
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釧路の朝やや早起きし、魚市場で醤油漬けのいくらを一瓶買う。嬉しいことにホテルの朝食は無料であるから、白飯にこれをかけるだけで安価なイクラ丼が完成。紅の珠玉と白米が鮮烈なコントラスト。網走行の快速列車は9時5分発であるから、ゆったりとした至高の朝餉のひと時。
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釧網路まずは網走まで出る。昨日の花咲線と同じく、列車はキハ54の単行。分割民営化の直前に制作された、いわば国鉄の遺産とも呼ぶべき車両。酷寒地仕様の500番台は、側面にずらりと並んだ1枚窓と、銀色に鈍く光るステンレスの車体が独特の重厚感を醸し出している。釧路を離れた列車は湿原の中を一路北上。標茶では数羽のタンチョウヅルを目にすることができた。今日も天候は快晴。辺り一面の雪原は眩しいくらいに白く光っている。摩周を過ぎると山間部に入る。雪を戴いた遠景の山々を眺めながら、列車は単線の線路をひた走る。前面からの車窓は格別。中でも、斜里岳が美しかった。知床斜里を出ると列車はオホーツク海の海岸線をなぞって網走を目指す。昨晩釧路の交番で訊いたところによると、流氷はこのあいだ沖へ流されてしまったらしい。しかしながら、海は紺青、実にすがすがしい。海岸線の遠くには網走の街も見える。湿原、山間、海岸。三拍子揃った釧網本線の魅力を再確認する3時間であった。
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石北臨貨網走からは2時間半ほどの単独行動。折角ここまで来たのだから、石北本線の臨時貨物列車を撮らずして帰るわけにはいかない。とはいうものの、思いついたのは今日の未明。ただ貨物時刻表のコピーは用意してあったので、これを手がかりに携帯で色々調べれば、ほどなくして撮影のスケジュールは組み上がる。実に便利な時代である。とりわけ重宝するのは、地図情報。光線の状態を勘案すれば、ここのカーブが良さそうだとか、ここだと逆光だとか、意外と得られるものは大きい。
網走で乗り継いだ遠軽行の普通列車を留辺蘂で降りる。駅前に少し町が広がっているくらいだが、これでも特急の停車駅。先刻北見を発った8072レを撮影する。見定めておいた北見方面の踏切は予想通りの構図。光線状態も良好なアウトカーブである。「車内からロケハンせよ」というのを何処かで読んだ気がするが、その重要性を改めて再確認した感がある。駅から徒歩数分でこの程度の撮影地にたどり着けたのであるから、事はなかなか上手く運んでいる。やがてやって来た列車はDD51のプッシュプル運転。コンテナを満載し、札幌を目指す。どうやら、北見周辺で収穫された野菜を運んでいるらしい。列車は留辺蘂で停車し、オホーツク6号を待避。何気ない光景も入念にカメラに収める。
漠然とした最低限の予習さえしてあれば、あとはぶっつけ本番で何とかなることも多いというのは、最近の経験から分かってきたこと。何も鉄道撮影に限った話ではなく、一般にガチガチに縛られた計画というのはよほど完成度が高くない限り使い物にならないわけで、計画自体が中途半端な出来栄えだとむしろ具合が悪い。それよりは、計画は大枠を定めておくに留め、細部についてはその場で柔軟に対応するというのが理想的なはず。当然といえば当然だが、そのあたりのさじ加減というのか、どこまでを定めるのかを見極めるのが最も難しい。局面ごとに使い分ける必要性が出てくるからである。旅行は、色々と考えさせられる。
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石北路留辺蘂からは件のオホーツク6号に乗車し、無事に合流。遠軽を出ると北見山地を越える路に入る。よくぞこんな山奥に鉄道を通したものだと思う。車窓は両側とも真っ白。列車は徐行しながら上川盆地を目指す。車内はそこそこの混雑。北海道は都市間の鉄道網がしっかりと確立している感がある。札幌を中心に、函館、釧路、網走、稚内、旭川に向けて特急列車網が張りめぐらされている。かつて存在した大部分のローカル線は廃線となったが、基幹となる路線だけに絞ることで、輸送体系がスマートになったといえようか。それにしてもオホーツクの車両は旧態依然。リニューアルを経ても、国鉄車両の雰囲気は残る。
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宗谷路今宵の宿は稚内。旭川で2時間ほど休憩した後、最終のスーパー宗谷3号で稚内入りする。今日の移動距離は釧路から660kmあまり。長旅であった。
写真
1枚目:快速しれとこ(@知床斜里)
2枚目:石北本線貨物列車(@相内~留辺蘂)
3枚目:終着(@稚内)
2372文字
北海道旅行 1日目
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札幌1151 → 釧路1542
函館本線・千歳線・石勝線・根室本線4005D
特急スーパーおおぞら5号 キハ282-2001
釧路1628 → 根室1854
根室本線5637D キハ54 516
根室2110 → 釧路2318
根室本線3644D 快速ノサップ キハ54 521
釧路泊
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一路東進今日は道東へ移動する。午前中は北斗星でそのほとんどを費やしたことになるから、釧路に到着する頃には日は西に傾いているだろう。特急スーパーおおぞらは札幌と釧路を4時間足らずで結ぶ。
幾多もの信号場とトンネルを通り抜けて、列車は石勝線を快走。振子式車両が高規格の単線を飛ばしていく様子を、前面の窓から展望していると実に快い。天候は快晴。人気の感じられない山間部を突き抜けて、石勝線は道東と札幌圏を短絡する。夕張山地・日高山脈を貫通して新得を過ぎれば、十勝平野に入る。暖房の効いた昼下がりの車内でうつらうつらしていると、列車はいつの間にか池田を過ぎ、太平洋の沿岸へ差しかかろうかというところであった。釧路までは残すところ数十キロ。やがて、遠くに煙突の煙が見えるようになると、いよいよ釧路の街である。柔らかな西日に染まる道東の地に降り立った。
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釧路釧路では少し時間があるので、魚市場を見に行った。鮭が一匹丸ごと2500円で売られていたりする。他の品揃えもかなり豊富で、試食した魚卵の数々などは実に良かった。北洋漁業の基地である。市場の人はみな親切で、旅行者と分かれば色々と説明してくれる。ここは好きな具材を自分で選んで作る勝手丼が有名なようだが、明日の朝にイクラでも食することにしよう。
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花咲線根室本線の釧路以東は花咲線と愛称がついている。折角ここまで来たのだから、乗りつぶしということで根室を往復。1時間あまりが過ぎて厚岸に到着する頃には、もう夜の帳が辺りに下り始める。やはり夕方の列車には家路につく高校生が多く乗っている。単語帳を開いたり、ゲームをしたりなどなど、彼らにとっては「いつもの列車」で思い思いの帰宅時間を過ごしている。こうして旅先で接する日常の風景は面白い。我々旅行者にとってみれば全くの非日常だが、彼らの日常と我々の非日常が一つの時空間に共存しているという事実が、この面白さを裏付けているように思う。時刻表通りに走る列車とは、まさにこの「一つの時空間」を理想的に具現化したものであろう。だから鉄道旅行は飽きない。
まだ19時にもならないというのに、根室の町は死んだように静かである。肌を刺すような寒さ、吐息は白い。駅から少し歩いた国道沿いに回転寿司屋があるというので、そこで夕食をとる。さすがに美味である。それなりにボリュームのあるタラの頭の三平汁が180円というのが驚異的であった。しばし談笑した後、駅に戻る。釧路行最終列車の快速ノサップに乗車。列車はほとんどの駅を通過し、135.4kmを2時間あまりで結ぶ。乗客は我々の他には1人だけ。途中何回も警笛と共に急停車。シカが多く出没しているらしい。所在ない時間を過ごし、夜も更ける釧路に到着である。
写真
1枚目:根室本線車窓
2枚目:根室本線普通列車(@厚岸)
3枚目:同上
1584文字
北海道旅行 序章
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上野1903 → 札幌1115
東北本線・IGRいわて銀河鉄道・青い森鉄道・津軽線・海峡線・江差線・函館本線・室蘭本線・千歳線1レ 特急北斗星
オロハネ25 501
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旅立ち札幌行北斗星は、静かに上野駅13番線を後にする。旅立ちの宵、東京には冷たい雨が降りしきる。ネオンの海をくぐり抜けて、列車は東北本線を一路北上。1往復に削減されたとはいえ、カシオペアと並び依然根強い人気を誇る寝台特急は、今日も首都圏と北海道を結ぶ。終着の札幌までは、およそ16時間の長旅である。
ロビーにてしばし談笑。先輩方とこのように鉄道旅行に出かけるとは思いもよらなかったが、「縁」を実感する局面でもある。車中泊も含めるとこれから5泊6日、北海道を反時計回りに一周する壮大な行程が待っているのであるから、何とも楽しくなりそうである。
旅立ちというのは、日常から非日常への入り口。最近は代々木の帰りに夜行列車に乗り込むことが多くなったが、あたかも普段着のままプールに飛び込むような感覚、非日常という名の深海に突如溺れるようなこの感覚が好きだ。
赤絨毯が敷き詰められ、温かな照明に彩られた食堂車は、至高の空間である。ビーフカレーを注文。なかなか美味しい。辺りは闇に沈み、車窓はおよそ車内が映り込むのみであるが、身をもって感じる振動、かすかに震え続けるコップの水面が、列車の走行を物語る。今や札幌行の寝台特急三列車に連結されるのみとなった食堂車。国鉄時代の本来の姿からは程遠く脚色されてしまったのだろうが、鉄道旅行の愉しみを今に伝える貴重な遺産である。日付の変わる頃、個室に戻って眠りについた。
目が覚めると既に薄明るい。青函トンネルへの進入までには起きてこれを見届けるつもりだったが、どうやら列車は既にトンネルを抜け、江差線を函館に向け走って模様。右手の車窓を見ると、ちょうど海峡に陽が昇るところであった。半島の陰から姿を現した赤い太陽は、一日の始まりを告げる。江差線は線形が悪く、列車はひたすら海岸線をなぞって津軽海峡の北岸を東進。6時過ぎ、定刻で函館に到着。ここでDD51の重連に機関車を交換。終着まで残すところ5時間あまりとなった。
個室で漫然と車窓を眺めてみる。列車は内浦湾の沿岸を快走。雪がちらつくこともあるが、空はおおむね晴れている。トンネルを抜けるたびに、入り江の谷に守られた集落が現れる。紺碧色の早春の海は、新たなる季節への期待に満ちて、穏やかな姿を横たえている。東室蘭を過ぎた頃、遅めの朝食をとる。食堂車には、すがすがしい朝の光が差し込む。札幌には11時15分に到着。夜が明けてからの時間をゆったりと過ごせるのが何とも良かった。
参考:3月7日発1レ 北斗星の編成
(←札幌)機関車DD51 1137+1138・機関車EF81 92・1号車オハネフ25 8・2号車オハネフ24 502・3号車オハネ25 562・4号車オハネ25 564・5号車オハネ25 552・6号車スハネ25 502・7号車スシ24 507・8号車オロネ25 505・9号車オロハネ25 501・10号車オロハネ24 553・11号車オハネフ25 14・電源車カニ24 506・機関車ED79 ?(上野→)
写真
1枚目:発車前(@上野)
2枚目:食堂車の宵
3枚目:早朝の大沼公園をゆく
1511文字
日没
写真1を見る信濃町。もう完全に空回りしている感。明日の夕方からは旅立ちなので、最後の「空転」を堪能してしばらく弓から離れるとします( ´・ω・`) 体が思うように動かないし、「思うよう」の真偽さえ怪しくなってきた。
写真:
只見線車窓@会津宮下
辺りは闇に包まれてゆく。
169文字
落陽
写真1を見る今日も朝から信濃町。120射47中。なんかもう的中率4割が限界な気がしてきたorz 以前(といっても昨年10月くらい)は100射しても全然堪えなかったのに、年末に弓の重さが上がったせいなのか、どうも体幹の疲弊が甚だしい( ´・ω・`) 例の如く最後は完全に失速して終了。鬱だ。いちおう「漫然と矢数をかけてるだけ」にならないよう努めているつもりではいるものの、果たしてどうなのだろうww
写真:
只見線車窓太陽は沈む。寒色の闇が迫ってくる。
260文字
家路
写真1を見る今日は朝から信濃町。早めの時間に来た方が一日を有効に使える気がしたので、新たなる試み。前半は当を得たつもりでいましたが、後半で完全に失速して終了。萎えて家路につく。何なんだもう( ´・ω・`)
写真:
只見線車窓@会津坂下
高校生たちが足早に帰ってゆく。
167文字
旅愁
写真1を見る今日も午後から信濃町。昨日一昨日とひどい有様でしたが、幾分かましになった感。とは言うものの、ただの独り善がりで終わってしまっては意味がないので、なるべく練習に客観性を持たせようと試みてはいます。巻藁での形のまま的前でも弯ければ良いものの、どうも違う。とくに会が。巻藁ではいくらでも持てるのに、的前ではどうも限界がある。精神的要因というよりは、どうやら形が変わっているらしく厄介。
写真:
只見線車内旅人は何を思う・・・
250文字
夕景
写真1を見る長谷川等伯特別展、ボルゲーゼ美術館展、信濃町、韓国料理などなど。やはり水墨画は深かった。ああいうのが自分の家に一枚でもあったら、と思ってしまう。西洋画は分かりやすい分だけ浅い感もある。
写真:
只見線車窓会津盆地を快走する普通列車。そろそろ黄昏である。
167文字
離合
写真1を見る気がつけば3月。毎日を顧みる暇もなく、2月は終わってしまいました。今日は信濃町→代々木というありがちな流れ。1週間くらいはまったりできそうです。このあたりで何かしらの準備は進めておきたいが・・・
写真:
只見線普通列車@西若松
終点会津若松へ去ってゆく対向列車。我々はこれから夕刻の旅。
183文字
列車交換
写真1を見る今日は全塾體育會弓術部との試合@日吉 まぁ私は付矢だけしに行ったようなものですがww 11月の全塾練のときは何故か妙に中ったので「この道場は中る」という妄信があったわけですが、ただの勘違いww 当時の日記を見返すと、巻藁を弯きまくったからだとか、星的だったからだとか色々書いてありますが、結局は自分自身の問題だったということです( ´・ω・`) それにしても全塾オールスターは凄かった。
何というか、色々と目の覚めた感。我に立ち返りました。
写真:
只見線普通列車@西若松
西若松で対向列車と交換。向こうは今日の昼に小出を発った列車。
310文字
只見線
写真1を見る今日も信濃町。春休みは「半強制的な予定として個別指導が先ずあり、自主的な予定として撮影行や旅行があり、それでもなお空いた時間は信濃町で弓」という感じでその大部分を過ごし、「新学期直前になって資料整理やら部屋の片付けやらで焦る」というオチが見え見え。先の長いことに油断しているといけないとは分かりつつも、早めに終わらせれば楽な仕事ほど、どうも後回しにしたくなってしまう。
写真:
只見線普通列車@会津若松
2両編成小出行。終着までは4時間あまりの長旅。
265文字
東北色
写真1を見るまぁキム・ヨナは上手かったし、文句なしの見応えだった。あれはしょうがない。戦略で負けた感もあるが。
そして全塾戦立練習其之貮。何というか、正しい弯き方を習得するにはまだ時間がかかりそうな予感( ´・ω・`) やはり「大局」をとらえることの重要性を感じます。実は自分が苦手とすることでもある。
写真:
只見線普通列車@会津若松
白、暗緑、明緑。この配色はJR塗装の中で最も好きです。
233文字
奥羽本線昼下がり
写真1を見るそういえばあの入試からもう1年が経つのか、早いもので。
午前中は漫然と過ごし、午後は信濃町へ。今日は何となく弓の一日と決めていたので、弯き狂う。最初の100射は51中で「ほうほう( ・3・)」と思うも、以後は完全に失速し、掌が破れて148射で終了する始末。嗚呼無残だ( ´・ω・`)
写真:
奥羽本線車窓山と田んぼに囲まれた奥羽路。普通列車は快調に飛ばしてゆく。
225文字
男鹿線
写真1を見るとくに何をするでもない一日。昨日でようやく代々木が一段落したので、家でごろごろして休養。4日前に撮影行から帰ってきて以来、初めてのゆっくりと腰を下ろす時間といったところか。気がついてみれば2月も下旬。長い春休みも、間もなく折り返し。いざ暇になってみると、時間の使い方というのは思いの外難しい。実は予定が入るほど楽なことはないということで、問題は、予定と予定の間隙ということになる。
写真:
男鹿線普通列車@男鹿
全線で爆睡してしまい、乗りつぶしは果たすも記憶がない( ´・ω・`)
280文字
短編成
写真1を見る「静謐な水面の心」を持てば良いはずです。青々とした水がぴんと張ってあるイメージ。水流や波紋こそないものの、深々と淀み滞留しているのではなくて、磨かれた鏡が全面に緊張しているようなイメージ。かといって、触れるとすぐにひびが入り崩壊してしまうような脆さはなく、むしろ心地よい冷たさが指先に伝わるようなイメージ。如何にしてその状態へもっていけるか、です。健闘をお祈りします。
写真:
羽越本線普通列車@道川~下浜
北東北は701系の王国。
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青森へ
写真1を見る落ち着こうと努力するのではなくて、落ち着いた姿を思い描く。そうすれば自ずと落ち着くはずだ、ということを説いてみる。目標に至るための手段を考えることもある程度は必要だが、当の目標の姿が不完全なままでは、あるいは目標そのものを具体的に意識することなくしては、到達はおよそ不可能なはず。最後にものを言うのは、結局拠りどころある「目標に至る意志」だと思います。
で、その拠りどころというのは、一定量の、いや相当量の努力だということになる。「意志を裏付ける力」として蓄積されるところの努力です。今となってはもう十分蓄積されたのだから、あとは「目標に至る意志」にのみかかっている。
写真:
特急日本海@秋田
5時35分、秋田発車。奥羽本線を下ります。
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爽快なる朝
写真1を見る昨晩撮影行から帰って来たと思ったら、今日は午前中から代々木。「緩衝材」としての期間がないのはどうかという気もしましたが、案外これくらい予定が詰まっていた方が良いというふうにも思えてきました。パンクしない程度に予定を詰める、これは意外とキモ。「適度なる緊張」を善しとする考え方はこういうところにも発現している。それはそうと、怒濤の直前期短期集中指導も今日を含めてあと3日。
写真:
特急日本海@秋田
8月下旬にしては涼しい風の吹く、早朝の秋田駅。終着青森まではあと3時間ほどの旅。
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